Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2013年08月15日
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カテゴリ: 夢有無有
「旧約聖書」出エジプト記 第20章前半・十戒の三
 20:7あなたは、あなたの神、主の名を、みだりに唱えてはならない。主は、み名をみだりに唱えるものを、罰しないでは置かないであろう。
 十戒の三は主の御名の軽々しく濫用して唱えることを禁じています。濫りに唱えることを禁じているのであって,主の御名を唱えること自体を禁じているの意ではないでしょう。また、旧約聖書の記されている処では、主の御名を呼び求め,御名を讃え,御名を喜ぶ信仰者の言葉で満ち満ちています。恐れのあまりに御名を口にしないというのはこの戒めの意図するところではないということでしょう。むしろ正しく主の御名が唱えられることを求めているともいえます。旧約聖書にあって最初に言葉ありきとされ、その中でも名は,単に人やモノを区別する記号ではなく,その実体と密接なものとされていました。主の御名と言われるときには,神である主ご自身の本質,存在そのものがそこに表されているのです。その聖なる創造者の名を口にすることは,緊張感を伴うものです。ユダヤ人たちは御名を用いて神を冒涜することがあってはならないと考え,御名を口にすべきでないと考え、神の名をあらわす文字「YHWH」を「アドナイ」と読み換え,やがて本来の発音が忘れさられ,後世では「ヤハウェ」と読まれるようになります。第3戒の真意は、アブラハムの宗教が畏れと敬虔によらないでは神の聖なる御名を用いないということです。神は天地を造り、其々に名を与えられた。神はイスラエルを選民し、なきに等しいものに名を与え、存在を許し、其の民を受け入れたのです。古代、多くの宗教が名を知るものは、その力をつかむと考え、神の名を知るならば神を動かし得るとしていました。そこから、神名を唱えて神の力を用い人間意志を実現しようとする呪術が生まれる。此れは印度の仏教でも同様です。呪術を否定し、歴史を正道へ導く神への信仰が、神の名をみ濫りに唱えることを禁止させるのです。人間が名付けるのは神ではなく、人間の名を呼ぶ神への服従と信頼が根本精神であるのが第三戒です。

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最終更新日  2013年08月15日 06時14分28秒
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