Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2013年08月16日
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カテゴリ: 夢有無有
「旧約聖書」出エジプト記 第20章前半・十戒の四
 20:8安息日を覚えて、これを聖とせよ。 20:9六日のあいだ働いてあなたのすべてのわざをせよ。 20:10七日目はあなたの神、主の安息であるから、なんのわざをもしてはならない。あなたもあなたのむすこ、娘、しもべ、はしため、家畜、またあなたの門のうちにいる他国の人もそうである。 20:11主は六日のうちに、天と地と海と、その中のすべてのものを造って、七日目に休まれたからである。それで主は安息日を祝福して聖とされた。
 此の十戒の四は、安息日を心に留め、これを聖別せよ。六日の間は働いて、何であれあなたの凡ての業(わざ)をして、七日目は、あなた方の神、主の安息日であるから、如何なる仕事もしてはならない。安息日とはヘブル語ではシャーバットやシャバースと呼ばれ中止する意味合いを持ち、また、区別するとするカーダシュの語意もあります。此処には奴隷までもが七日目には完全に休めと命じられています。我々現代人が考えるような「休む権利」ではなく、「休む義務」です。ちなみにソロモンは、早く起き、夜おそく休み焦慮してパンを食べる人よ、それは空しいことではないか、主は愛する者に眠りをお与えになるのだからと詠っています。しかし、此の安息日は、神が人には休息が必要であることを知って設けたものです。しかしながら、ただ単にのほほんと一日を過ごせばいいのではありません。その日を聖なる日として世事を離れ、世界を創造した神の創造の業を覚える日、神の救いの業を覚える日なのです。バビロン捕囚で捕われの身だったある祭司は、私は此処で神の創造を覚えた。罪を犯して捕囚となったイスラエルをも「良し」と言われた神を覚えると記しています。即ち、良しとされた存在、能力ではなく存在により良しとされたことを喜ぶ日でもあるのです。エジプトから救い出された主の強い手と伸ばした腕を想起して、感謝して喜ぶ。この喜びは同時に隣人をも解放するものとなる筈です。ところが、救いは必ず倫理的責任を伴うものです。イスラエルの民を救われたのはイスラエルに使命を果たさせるため、私が救われたのは隣人を救うためだというのです。アブラハムへの祝福は実は全ての民族への祝福の基となるための前兆であったのです。ところが此の祝福の具体化である安息日を、後世のパリサイ人は戒律の日にしてしまいます。後世のイスラームは単なる預言者の一人としていますが、新約聖書では神の子と見做されるイエスはこれを批判して本来のあるべき姿、安息日を設けたのは主であるにしても「あるじ(主)」は人であるべきものとして、神の祝福に相応しい形を求める。ねばならない拘束の日としてではなく、自由な日としてこの日を主なる神のために過ごすべき日だと訴えます。それ故アブラハムの宗教の何れもが、安息日の日にちは違えども理由はどうであろうと、其の日に教会に行くことを禁じてはいません。

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最終更新日  2013年08月16日 06時12分54秒
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