Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2015年04月23日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」外来・外覚観念の主張(百四)
 世紀も進み貨幣経済を基本とする資本主義の高まりとともに、ブルジョアジー、所謂、第三身分の中から,富裕な商工業者や大借地経営農民など,新しい資本主義的な生産様式を担う市民階級が今や支配的地位を成さんとするときに、プロレタリアート即ち生産手段をもたず,自分の労働力を売る以外に暮しの道がない賃金労働者階級であり、古代ローマの下層貧民を意味したproletariusに由来する資本主義社会を構成する二大階級のに恐れをなした、当時保守的傾向であった英国内において、ジョン・ロックの思想の唯物論的思考の側面を唾棄し、哲学分野的には同じく経験論という性格は用いながら、情熱的であり敬虔な宗教家であるジョージ・バークリーはジョン・ロックの唯物論的思考の危険性を鑑み信教を守るために論壇をはります。ジョージ・バークリーの思惑は唯物思想に対して、物体とは「観念」の集まり以外の何程でもなく、其のみなもととしての素因は神を起因とし、人間における観念は神の精神に基づくと説きます。此の観念論を更に進めたのがディヴィット・ヒュームであり、彼はジョージ・バークリーの観念論を更に押し進めて主観的観念論を展開しています。、一切即ち世界存在にあっての人間の精神は印象と観念に結束しているに他ならず、人間の諸観念は継起・共在するに過ぎないとまで決めつけます。彼の主張を解釈すれば因果律其のものが観念連合として「自我」の虚構性まで感ぜしめます。此の思考を反面から見て肯んぜるのはインド大陸に始まる仏教哲学の「無我の境地」を想起させることにあります。時系列の束縛を離れた「空観」が頭をかすめます。

David-Hume1
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最終更新日  2015年04月23日 07時05分12秒
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