Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2015年05月03日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」革命余波の下からの啓蒙(百十四)
 フランス革命の余波を受けて、ドイツでは啓蒙時代の初期のような一部の特権知識階級だけではなく一介の小さな町の聖職者の息子に過ぎない下からの啓蒙思想家、詩人であり劇作家、思想家や批評家としても名を成したドイツ啓蒙思想の代表的な人物、フランス古典主義からの解放を目指し、ドイツ文学のその後のあり方を決めた人物とされるゴットホルト・エフライム・レッシング(Gotthold Ephraim Lessing, 1729年-1781年)が現れます。彼は「賢者ナータン」や「人類の教育」において、個々の宗教の教義を超越し、普遍の地平に到達すべきであるというスピノザの思想に賛同し、其の影響はゲーテやシラー、カント、ヤコービ、ハーマン、ヘルダー、メンデルスゾーン(哲学家)など当時のドイツ文学・思想の骨格としての存在感を見せます。其のことを起因として晩年の「自分はスピノザ主義者かもしれない」と述べたことに端を発する。厳密に言えば、ゲーテの「プロメテウス」の詩をヤコービとの対談の中で、「これは私の立場と同じです」と述べたことを起点として彼の死後「神即自然」(deus sive natura)という思想を支持するか否かの所謂「スピノザ論争」が起こります。当時のキリスト教から無神論のレッテルを貼られ、主著「エチカ(Ethica)」は発表どころか出版することさえ、命の危険を伴い長い間人々の目に触れることはなかった背景があります。そして、長らく「スピノザ的」という表現をした場合、それは無神論であり、一種の教会権威からはタブーとされていたのです。これら事情により、永らくスピノザの哲学は西洋では忘れられていたというより触れることが禁忌でした。したがって、当時のドイツにおいてのスピノザ研究の水準はかなり低く、ほとんど知られていなかったのです。また、研究するにしても無神論と危険視されていたため、権威に対する果敢な勇気を必要とされました。其のなかでも、ゲーテやカントは「果敢」に挑もうとした人物であるといえます。何れにしてもスピノザの思考方法の骨格である「エチカ」に象徴的な「定義から始まり公理から定理」に進む数学的な考察方法は現代にも生きています。「直覚霊知」を得んがためにも、只、漠然と瞑想に入るのと「定義から始まり公理から定理」に進む思考を辿ったのちに、我執を離れた境地を目指すことは有意義な筈です。

Gotthold-Ephraim-Lessing1
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最終更新日  2015年05月03日 06時45分22秒
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