Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2015年05月29日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚]独逸ショーペン・ハウアーの世界観(百四十一)
 ショーペンハウアーは、カントの「物自体と現象」という思考過程に取り入れ「世界は表象である」とします。また、世界は我々自身の知覚器官が生み出した表象としてのみ存在する。我々が現象として経験する一切のものは我々自身の生んだ表象であり、我々の知覚に内在する感覚的には太陽が地球を回っているように「感じられる」としても、実際にはそうではないという比喩をカント自身も援用していることから、ある新しい「構成」のために、それらは純粋直観にあたえられるのである。この空間は、物理空間に先立つア・プリオリなカテゴリーに従って生起する。その知覚のカテゴリーとは、時間・空間および因果性である。これらをショーペンハウアーはひとまとめにして「根拠の原理」と呼ぶ。現象界の一切のものはこの「根拠の原理」に束縛されていると。しかし、「物自体」は根拠の原理を超越しており、あらゆる現象界の背後にあって自存している。ショーペンハウアーはこの「物自体」を「意志」、スピノザ風に言えば「絶対意識の様態としての変化の現れと呼称しました。「世界は意志の自己認識である」。現象とは、「意志」の世界における客観化である。この場合の「意志」とは、人間の恣意的な努力とはまったく関わりがない。それはあらゆるものの中に等しく遍在しており、人間のみならず動物の中にも植物の中にも無機物の中にも等しく存在するものである。この「生きんとする意志」が現象世界全体を形成する動因であると述べています。此のショーペンハウアーは言葉の中には、仏教精神そのものといえる思想と、インド哲学の精髄を明晰に語り尽くした思想家の一面が見えています。「苦悩からの解放は、一切の意欲を超越すること、すなわち「意志」を否定することである。意志を否定し、「純粋な認識」に化することによって、人はこの現象世界にとって「無」となり、現象世界は人を束縛する力を持たなくなる。」を「苦悩からの解放は、一切の「我」を超越すること、すなわち「意志」を否定することである。意志を否定し、「無我の我」に化することによって、人はこの現象世界にとって「無」即ち「空」となり、現象世界は人を束縛する力を持たなくなると読み替えれば大乗の祖、龍樹が見事に甦ります。一部の識者からは「異端」とか「論理的に矛盾している」とかいう評価が少なくないショーペンハウアーなのですが、「直覚知」から言えは他の西洋哲学者は仏教哲学を経験しない思想の弱点が此処に現れているとも言えましょう。

Schopenhauer3.
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最終更新日  2015年05月29日 07時24分20秒
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