Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2015年08月07日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/アリストテレス-3(二百七)
 紀元前367年、プラトンがシチリアでの窮地に立っていた頃ですが、、アリストテレスは若干17歳にして、ギリシアの名門取り分けペリクレスの謳ったアテナイに上り、そこでプラトン主催の学園アカデメイアに入門します。其の時期紀元前367年、プラトンはシケリア事件、僭主ディオニュシオス1世が死に(紀元前367年)、ディオニュシオス2世が即位する。当時42歳頃のディオンは、かつての自分のように、ディオニュシオス2世も哲学によって馴致されれば善政が行われるようになるのではないかと期待し、ディオニュシオス2世を説得して自身を招請させます。ディオンも自分の勢力や、親類としてのディオニュシオス2世との関係、彼自身の哲学への意欲を含め、此の時がまさに千載一遇のチャンスだと考えていました。但し、プラトンは紀元前388年-紀元前387年頃の第一回目のイタリアのシケリア旅行では常に性的パートナーと共に寝る暮らしぶり、それを乗り越えるプラトンはディオンに自分の思想・哲学を教え、実行せよと勧めた。それが図らずも、一連のシュラクサイにおける事件の発端となります。しかし、いざ着いてみると、ディオニュシオス2世の周囲は、派閥争いやディオンへの中傷で満たされており。プラトンもディオン必死に弁護したが、4ヶ月後にはディオンは追放されてしまった。プラトンも共謀者として風評を流され、ディオニュシオス2世は、体裁を繕うためにプラトンに残留を求める意志表示は見せますが、実質は城壁内で軟禁状態に置いた事件です。また、紀元前361年にはプラトンは再度のシケリアに赴くため、其れ故、アリストテレスは初期の青年期には直接的な教鞭は無かった筈です。

Greece1
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最終更新日  2015年08月07日 06時44分10秒
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