Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2015年12月30日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/ルネ・デカルト-33(三百十七)最終章
 ルネ・デカルトの生い立ち、境遇から輻輳した性状が浮き上がったにせよ、其のことがデカルトの偉大さを卑小化させることには、一部の狂信的マルキシズムを標榜する者を除いてはなりません。彼の出発点は無神論的な、言い換えれば非神論から始まり其の世界を懐疑して、存在の根拠を自己の精神に帰着します。自己が大宇宙其のものの起因でない以上、人間世界を基底とした思想のマルキシズムでは、彼の仮面を剥がせません。ルネ・デカルトの至上の理は「我」にありました。我とは肉体を指すだけのものではなく、自我の存在なさしめる「何か」です。歴史的弁証法以来の唯物主観は「根本的起因」を「在るものは有る」の姿勢で人間精神を形付けの起因を肉体に付属する蛆の如きものに起因させています。其のことが、人間生活に重きを置いたマルキストの偏重でしょう。人間の肉体の変調は当然に自己の精神にも重大な損傷を与えますが、さりとて、それを乗り越えた偉人がいたことは神話ではなく史的事実です。哲学とは単純化、人間精神の成り立ちか或いは世界理法の根拠の究明か、外感覚的物質文明を現実として在るものはあるとして受け入れたうえ、人間を取り巻く社会環境を究明する分野に別かちますが、哲学は「科学」ではない以上人間精神を根本付け行動に促す真相を問うべきだと覚えます。「霊・魂」等の言葉は人間には適用出来得ようが、世界理法の根拠には有り得ざるものであり、世界形成の全体からみれば「己(其れ以外に何ものをも見出し得ないもの)」
の派生に過ぎないにしても、人間精神の維持・発展には人間精神の起伏まで物質化する現代でも捨て去ることは人類をアメーバーから何ら変わらない存在に貶めてしまうことの危険性を孕んでいます。
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amoeba1

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最終更新日  2015年12月30日 07時03分37秒
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