Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2016年01月24日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/ドゥニ・ディドロ-8(三百四十二)
 ディドロに限らず当時の仏蘭西の唯物論の思想家は、人間の認識論の基底に人間の認識は感覚から始まり、感覚なきものは思考の中には何ものも存在せず、其のことから導き出される結論は、観念論とは相違して霊魂や生得観念は否定します。ディドロにあっての感覚は、認識の部位が問題とはなりますが、内部環境と自己の身体を取り巻く外部環境も曖昧ではあり、認識の部位が問題とはなりますが、外部環境からの客観的な物体の映像が認識に結実すると主張します。ディドロの其の映像を結実させるのは生きて活動している脳髄であり、これが外界、脳髄を内界とすれば肉体各部分も外界と解釈されますが、此れが外界から作用を受けると感性的に反応して活動すると言います。其の実経験こそが、外部の事物が離れ当座買っている時にも、其の事物が存在し続ける証だとします。ディドロの言に従えば、感覚は一定の連続性を持っており、感覚の継起は持続して、積み重ねられ、絡み合いながら統合の道へ進む。即ち、人間の判断や概念は感覚の統合だと述べます。更に、人間は経験されたものなかのある特性に注目してこれを取捨選択し、抽象化して言葉を創作するが、言葉は外感覚的刺激からは離れており、其のことにより脳髄と外部環境からの感覚の関係の絆となす積極的で能動的な役割を付与しています。人間の内部組織としての認識母体である脳髄と外部環境からの感覚の関係の絆としての言葉の能動性が強調されますが、其の起原は人間以外の何ものではなく他者からの関与は肯んじません。即ち、「旧約」の冒頭の「初めに言葉ありき」は神の認識する言語であり、こと人間の認識に関しては、先ず、世界の創造主ではなくて人間が「初めにありき」ものだということになります。
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最終更新日  2016年01月24日 06時47分14秒
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