Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2016年02月22日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/イマヌエル・カント-19(三百七十一)
 カントのアンチノミー(二律背反)に掲げる四つの命題に共通する基底のあるのは、其れ其れに「定立命題}と{反定立命題」の対立する立場が「真」であることを主張しています。カントはどのような理屈でそうなるのかを、四つの対立を含んだ命題に検討をしてみせます。其の思考経過はまさにシッダルタの仏教を哲学として高めた偽経の聖人大乗の祖「龍樹」と同様「背理法」を利用します。詰まり、一方の命題の正当性を、他方の命題に潜む矛盾を明らかにすることで証明する方法です。定立命題はその正統性を反定立命題の非正統性を指摘することによって証明し、反定立命題は、その正統性を定立命題の非正統性を指摘することによって証明しようとする「空論」論法です。この証明方法は、他のアンチノミーにおいても共通しています。第一のアンチノミー「時間と空間に関する宇宙の限界」では、、定立命題の立場からすれば、反定立命題が主張するように世界に端緒がないとしたならば、現在の世界が生まれるまでには無限の時間が経過していることになる。即ち、世界において物が継起する状態の無限の系列がすでに過ぎ去ったことになる。時系列が無限であるということは、継起するものの総合によっては決して完結することがないということである。だから世界の系列が無限に過ぎ去っているということは不可能であるとします。それ故、世界に端緒があることは、世界が現実に存在することの必然的な条件だということになるとします。対立する反定立命題では同様「背理法」を利用して、定立命題がいうように世界には端緒があったとしたら、それ以前には世界の存在しない「空虚な時間が流れていたに違いない。しかし空虚な時間においては、ある事態が生起することはできない」それ故、「世界の内部では、多数の事物の系列が始まることができるが、世界そのものは端緒を持たないとし、時間論に関しての一対の命題は、それぞれが正統性を主張しています。伝統的な論理学によれば、相互に矛盾しあう命題は、同時に真理であることはあり得ない一方が真なら、他方は偽である筈なのに、アンチノミーの議論は、対立しあう二つの命題が、ともに真であることを主張しています。この対立は一見して矛盾対当のような印象を与える。矛盾対当とは、片方が真であればもう片方は偽であるような対立関係である。しかし対立する関係にはこのほか、反対対当というものがある。これは、両方が真であることはできないが、両方が偽であることは可能な対立です。新たに第三の要素を「思考と直覚」は、そもそもの思考の根底にある時間の非存在と空間の幻影です。時間にしろ空間にしろ「運動」を根拠にした仮説であり、時間無きところに運動なし、空間無きところに運動なしではなく、「運動」こそが世界の基底であり理法だと解きます。それ故に、全ての物事は「運動」を起源する人間云うところのキーパーソンを想定します。
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最終更新日  2016年02月22日 07時10分12秒
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