Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2017年01月05日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/サルトル34/ニーチェ3(六百五十)
 リードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェは私塾ギリシア語ラテン語の初歩を学び、1854年にはナウムブルクのギムナジウムに入学、1864年にはプフォルター学院を卒業すると、ニーチェはボン大学に進み、神学部と哲学部に籍を置きます。神学部に籍を置いたのは、母がニーチェに父の後をついで牧師になる事を願っていたための配慮だったと指摘されますが、在学中にニーチェは徐々に哲学部での古典文献学の研究に強い興味を惹かれています。ボン大学では、古典文献学の研究で実証的・批判的なすぐれた研究を行った自身と同じミドルネーム持つフリードリヒ・ヴィルヘルム・リッチュルと出会い師事しています。リッチュルは、当時弱冠大学一年生のニーチェの類い稀な知性をいち早く見抜いた事は事実でしょうが、ただニーチェに受賞させるためだけに、懸賞論文の公募を行なうよう大学当局へもちかけているところは世渡りの巧みさなのでしょう。24歳でスイスはバーゼル大学の古典文献学員外教授に就任ニーチェは、このリッチュルのもとで文献学を修得、師事するリッチュルがボン大学からライプツィヒ大学へ転属となったのに合わせて、自分もライプツィヒ大学へ転学します。此のライプツィヒ大学でギリシア宗教史家エルヴィン・ローデと知り合ったことから、彼の故なのかニーチェの思想に影響を与えたのか、思考に変化が現れ始めます。後にイェーナ大学やハイデルベルク大学などで教鞭を取り、驚くべきは1867年には、一年志願兵として砲兵師団へ入隊するが、1868年3月に落馬事故で大怪我をしたために除隊するというまでの体験をもしています。彼の持つ哲学思考の独自さは此れ等の経験を踏まえたものと想われます。
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最終更新日  2017年01月05日 06時24分47秒
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