Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2017年04月11日
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カテゴリ: 夢有無有
{思考と直覚」人間の霊魂を思考/サルトル78/ニーチェ45
 ニーチェは自らを史上の誰もが成し得なかった思考を試み、其れを実現したと自負しています。迫害を受けるのは旧来の思考に捕らわれた無理解にあるとします。ニーチェは、凡そ汎ゆる思考や思想的な学問に見切りを付け、己自身の独立独歩で思考し確信を抱いて、ニーチェ出現までの人類の営みを塗り替える新たな試みに挑戦します。其の結果が「神は死んだ」の発言です。然し乍ら、ニーチェ最晩年の「十字架にかけられた者」という自らの署名した書簡「私が人間だというのは偏見です。私はインドでは仏陀でしたし、ギリシャではディオニソスでした云々。私は十字架に架けられたことがあります」云々(うんぬん)。其の内容たるや「徹底したニヒリズムとは、承認されている最高の諸価値が問題になるようでは、生存は絶対的に不安定だという確信及び、更には神的であり、道徳の化身でもあるような彼岸(ひがん)乃至(ないし)は事物自体を調製する権利は、我々には些(いささ)かなりともないという洞察のことである」と発言した同じ人間とは想像でき得ません。「神は死んだ」と説いたニーチェにとって,神の死とは単にキリスト教の超克ではなく,ニヒリズムの宣言でもあった筈です。ニーチェによると生即ち人間の生命の本質は「力への意志」であり,力への意志は自らを維持するために必要な世界解釈を行う云々(うんぬん)としています。狂気に走ったとは云え、此の矛盾性はニーチェの思考する精神と神性を捨てきれなかった断末魔の叫びです。ニーチェは神を殺すことが不可能であり、亦、自らは気付かず或は気付いていたにしろ押し殺していた此岸(しがん)の霊魂が「不滅の有」を求めていたことを晩年に知らされたのです。
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最終更新日  2017年04月11日 06時22分03秒
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