Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2017年04月17日
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カテゴリ: 夢有無有
{思考と直覚」人間の霊魂を思考/サルトル84/ニーチェ51
 ニーチェは幼少期は勿論の事、少年期から青年期の自己成長過程において準拠し獲得してきた一切のものは敬虔なる宗教に生活基盤を置く家族の中で獲得したものです。何故「なぜ」に自己の成長過程において依拠し獲得してきた一切のものを「神は死んだ」の「一言(いちごん)」をもって自己の全人生を虚無に引き摺り込んだのか。此の語句はニーチェ自身の前半生を殺したとしたとも解釈が可能です。ニーチェの思考の原点は人間にあり、自らの発意の原点に眠る深層精神の拠りどころを仮相或は仮想的な「神」や「絶対者」ではなく、存在の「原点」を人間精神其のものとし、人間精神が実相することが出来得ないものは仮相であると断言します。ニーチェは世界は在るがべき儘に有り、他の存在が形象に立ち会う可きものではない。存在は自(おの)ずから存在するから既存と云われるのであり他の外力及び作用を必要とはしない。著書「ツアラストラはかく語りき」の一行々の行間には幼少期は勿論の事、少年期から青年期の自己成長過程に獲得してきた一つ々との決別を憶えながら書き綴られている様子が解ります。「神の死」とは単にニーチェによって提唱された、自己が置かれている現状を超えるような価値を創造したり道徳を形成することから、人間としての本来あるべき自己を形成していくという、単なるキリスト教からの超克ではなく、弱者の「虚無主義」では無く、強者のニヒリズムの宣言でした。人間は他力や外力を頼らずとも置かれている現状を超えるような価値を創造したり道徳を形成することが置かれている現状を超えるような価値を創造したり道徳を形成することが出来得(できう)る。「神は死んだ」の一言は自己が置かれている現状を超えるような価値を創造したり道徳を形成することは自らが人間としての本来あるべき自己を形成していくことが可能であり、他に依拠しない本来あるべき自己を形成していく強者の「虚無主義」を「超人」として表現します。
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ツアラストラはかく語りき1

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最終更新日  2017年04月17日 08時59分50秒
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