「思考と直覚」人間の霊魂を思考/スピノザ37 スピノザの論考、一元的汎神論や能産的自然という思想は後の哲学者に強い影響を与えたことは疑いを持ち得ないことは誰しも認めるでしょう。実体という思想を「自己の絶対的な主体」へ発展させたヘーゲルが批判的にしろスピノザの思考には魅入られており、其の思考方法を自らの思考方法である弁証法に転化させ、スピノザの思想は無神論ではなく、寧ろ、世界内存在として総じて神のみが存在すると主張する無世界論(Akosmismus)であると評しています。此の無世界論(Akosmismus)とは何ぞやと言葉の語彙を検索すると「世界あるいは宇宙は実在せず、永遠なものや神の一時的な仮象にすぎないとする思想」とあり、エレア学派・スピノザ・バークリーなどの名が挙げられていますがが、此れにスピノザが加わっているのはヘーゲルがスピノザ哲学を評した語に始まります。対してスピノザの「神の様態として」の表現は「実体の様態」としては実体と不可分であるものの、「様態」を「其れ自体として」見るならば、其れは神の別様の実体の仮象として或いは{延長」として理解し得るとして、こうした解釈を退け、スピノザを別な読み方をしたのがフリードリヒ・ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・シェリング(Friedrich Wilhelm Joseph von Schelling)長い名前ですが、寿限無寿限無の「長介」的に呼べばシェリングです。スピノザの主義・論理は汎神論とは言えないばかりか、スピノザの言う「神の様態として」の様態表現は、何ら本質的なものを表現していない。スピノザの様態は「実体の様態」としては実体とは不可分ではあるものの、「様態」を「其れ自身の様体として」見るならば、神は見えて来ないとします。スピノザ自身、神の絶対性はヘーゲル同様に見えざるものとしている限りは理の当然の批評だとも云えます。 哲学・思想 ブログランキングへ