Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2017年07月23日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/スピノザ62
 スピノザとしては、イエスのキリストとしての復活の象現(しょうげん)は、誰彼無しに起こることではなく、人間其れ其れの要素や把握力に応じた出現であっただろうと推論します。其の復活の象現(しょうげん)は「使徒」其々にも異質に映り、血縁・縁者にも異相であることは「新約」が語るところです。更には、キリストが自己を「神の宮」として語ったところの真意は、聖ヨハネの「言葉は肉となった」、初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった(ヨハネ1:1)言は肉となった(ヨハネ1:14)の四つの命題によって、ヨハネ福音書の枠組みが見事にに要約され、言(ロゴス)とは、世に対する神の語りかけであり、救済意志の表現なのですが、旧約聖書の示すユダヤ教的神観のもとでは成り立ち得ぬ信仰的逆説である神が人現として象限とする語句とともに、神がもっとも多くキリストの中に顕現したことを表現したものと解しています。亦、徳の報酬は「徳」其のものであるとする立場からは、「道徳律」は「律法」としての形式を神自身から受けているか否かにかかわらず神聖かつ有益であるとしており、神の命令に対する不本意な隷属とは対置されるところの、人間を自由にするものとしての神に対する愛を推奨しているものとします。スピノザの汎神論は、「人格神」を徹底的に棄却しつつも、道徳律は律法としての形式を神自身から受けているか否かにかかわらず神聖かつ有益であるとしており、神の命令に対する不本意な隷属とは対置されるところの、人間を自由にするものとしての神に対する愛を推奨しています。スピノザは無神論ではなく汎神論者であるとする所以です。
St-ヨハネ1

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最終更新日  2017年07月23日 06時32分50秒
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