Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2017年09月09日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/スピノザ109
 ベルクソンが云う「無」の概念は存在が先ずあり、其れを否定したものが加わり「無」の観念を伴って存在其のものの中(うち)に「無」取り込むと云った思考経緯をとる存在其のものより複雑化したものを「無」と捉えることを批判します。無は単純そのものだと思考するからです。寧ろ、「無」から複雑化した「存在」が生成されるとしたほうが論理的だという訳です。然し乍ら、現代物理学の観測上から導き出された大宇宙の物質の生成消滅、即ち、在るもの全般の中の粒子の有存在から無への変遷、無から新たなる粒子の発生、有存在の誕生は、「無」が虚ではなく「存在」に関与していることが予想されています。現代物理学より以前、即ち、ベルクソンが属する時代には「存在を無の征服」として捉える傾向があり、加えて「無」を「虚無」と混同するきらいがあります。ベルクソンは「存在を無の征服」として捉える考え方をするようになる要因を、人間の生態学的なあり方に求めていますが、現代物理学は{虚無」をば否定しますが、「無」に関しては「存在に伴う無」としての理論的立場を組み立て始めています。どんなに恵まれた境涯、釈迦国のシッダールタを持ち出すまでもなく、行動の出発点には人間は不満・不足を抱(かかえ)えているものです。だからこそ、人間は自己に「欠在」したものの充足を求めます。理性を獲得した人間は目的行動に其の欠如を埋めんとして、行動を促されるのです。其れ故に、ベルクソンが云う「無」の観点とは相違し物理的な「無」ではなく、人間の心の問題として、「無」からの始発を生理学的に求めます。此のことは、ベルクソンが云う「無」の概念とは現実的には反対方向に進む素因なのです。
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最終更新日  2017年09月09日 06時22分50秒
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