Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2017年09月10日
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カテゴリ: 夢有無有
「思考と直覚」人間の霊魂を思考/スピノザ110
 無の素材、喩(たと)えれば純白の帆布であり、油絵具やアクリル絵具を用いて描かれる支持体に使用される布カンヴァスに、芸術家の発想が「存在」を想起して書き込む、偉大な彫刻家が自身が発想するものを青銅を鋳型(いがた)からブロンズ像を創造する。此等は「一見」には神の創造の手と似通います。然し乍ら、人間は「創造者」とは相違して「本質的な無」ましてや「虚」からは何ものをも創造でき得ません。此のことは「神」、所謂(いわゆる)、元来的な虚であろうと無であろうと「自存在」が自在で不足が無い唯一の創造者、即ち、不足が無い分、満足や欠損を意識しない絶対者である神の御手は自己認識すら必要とはしません。何故なら、満足すら意識しないのは自己世界が完全だからです。此の経緯は、人間の思考経過には近似しますが完全に別ものです。人間理性と相似する部分があるのは、人間が神の延長として持つ理性が神の延長の様態からくる不思議です。人間が世界内で何かが「在する」というときには、論理学における、どんなものもそれ自身と等しい同一律を持つ、乃至は、幾何学の三角形の内角の和は180度などを一般化した原理と同じく、他の何ものにも依存せず、ただそれ自身によって成り立っていると言ってよい自明なことだを「存して在り」の常駐を認識します。但し、此処で述べなければならないのは、此の理が「神の意識」にあることです。其れも完全体であることから、人間は欠損から来る欲求が自らを意識して完全を目指しますが、完璧は自己の生、生じることも滅することもないものに「生」など在りよう筈がないのは自明の理でしょう。更には自己の精神・自己の思考・自己の意識すら持つこともなく、絶対存在は「有」るものとしてあり、無をも自らに含有させています。人間がスピノザの云う神の様態の延長ならば人間精神、取り分け、高度な理性に恵まれた人間の霊魂はその絶対者と共鳴することを欲するのは論を待ちません。
神の様態1

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最終更新日  2017年09月10日 10時41分19秒
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