Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2018年12月01日
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カテゴリ: 夢有無有
「霊魂論」エチカ詳解38
 神の定義の分析・分類は単に神学上の問題に留まらず、形而上及び自然哲学や世界や其れを取り巻く大自然での大宇宙世界を扱う物理科学のみならず、大宇宙世界の隠匿された外的意思としての存在をも究しようとする精神科学も「神」の語彙其のものの「意」や「理」と「存在」、神は人間存在なしにでも有るのか無いのか、将又、「神」は人間が観想をすることなしには存在しないで人間が神の造物主なのか、一言単語で「神」と言っても其の捉え方は千差万別止まるところを知リません。然し乍ら、人間なしに「神」を考慮すべきなのは人間としては当然の反応に思えます。古今東西のホモ・サピエンスの「神」思考を漠然と捉えていては「神」は観相どころか「観想」並びに「夢幻」だに出来得なかったでしょう。「神」を捉えようとするならば其々の思考が描き出す「神」の仏教用語で云う「虚妄である自他の区別を前提として思考する分別」は神分析には欠かせません。人間の思考に浮上する神は千差万別であり其れ故に「神論争」が史上に度々どころか世界の動静を左右し歴史を練り上げてきたのです。先ず其の第一は世界の諸宗教を多神か一神かによって分別整理しようとするものです。其の第二は神を人格的乃至形態的な存在と非人格的で非形態的な存在との二種に分ける考え方ですが、注意すべきは旧約・新約・イスラム何れの神も「神格」の形態を人間には表象させ得ないことは共通しますで。モーセの著作と目(もく)される旧約聖書で「神を見るものは死ぬ」の文言は意味深です。旧約聖書のアダムとエバが見た神、預言者エゼキエル(Ezekiel)の炎の神、ヤコブと戦った神は其の何れもは神が表象として見せた幻相であり「実相」とは程遠いものであり、でなければ「唯一神」はあり得ません。神が「唯一神」ならば亜流は幾つも造物しても造物主は一だからです。



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最終更新日  2018年12月01日 06時51分08秒
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