Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2019年01月24日
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カテゴリ: 夢有無有
「霊魂論」エチカ詳解91
 スピノザがどのような根拠によって、彼特有独自の判断である意志や衝動などの存在を保とうとする努力を「コナトゥス」として作出原因だと看做す根拠は何に基づくのか。スピノザによればコナトゥスの証明は、神が存在し・活動する能力を表現する様態なのだといいます。其れは個物の存在論的な自己保存の確認の上に成り立っているからです。此処でも彼は独自の演繹論法を展開してみせます。先ず、コナトゥスの証明は、神の存在し・活動する能力を表現する様態であり、個物の存在論的な恒常性維持の確認の上に成り立っていること。個物が単なる慣性的な状態保存を超えた、自らの存在維持への積極的・指向的な努力を有するのは、作出原因に置き替わる新たな原因性が導入されるからではない。寧ろその思考とは逆に、コナトゥスの目的指向性は個体の本性に根ざす作出原因性そのものによって保証されるのであり、其れ故を持って、スピノザは人間の目的指向的な行為を、自らの形而上学・自然学的体系の内に位置づけ、目的論批判を展開することができるのだとします。コナトゥスのベースには、様態としての個物が有する一定の結果産出へと向けた作出原因の力が存する。したがって我々は、次のように結論できるであろう。全く奔放な目的的自由は存しない、人間の精神作用は狂気に陥らない限り作出原因の箍は働き、奔放な目的的自由は虚無の世界でなければ見い出し得ない。此処に「神存在」其のものが「有」であり無限、「永遠」であるためには完璧を示します。完璧という以上、欠けたものは何一つ無く、全てが全うされており意思さえ意識しないというよりは意思を確認する要がないし。ましてや、目的を図る、即ち完璧を目指すことなどは有り得ません。実際のところ「神存在」にも「目的自由論」は完璧存在であるが故に働かないし、其の世界内存在の人間が「目的的自由論」を語るにしても作出原因の箍が嵌められている限りにおいては、人間精神の目的的自由とは作出原因其のものの起因に従った行動、実践倫理学を学び行動する、信教に近似した行動が求められることをスピノザは実践倫理に求めます。







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最終更新日  2019年01月24日 06時18分10秒
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