Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

2019年11月24日
XML
カテゴリ: 時間考察
時間の陥穽16
 デカルトの「省察」本文は六(後に7つ)の「meditation (省察)」と題した章によって構成されており、其れ等一つずつが「1日の省察」という位置づけで、黙想録あるいは日記のような形式で書かれています。デカルトは読者に対して、思いを巡らし、思索の歩みを読者自身も辿ることを求めています。アリストテレスの霊魂観、若しくは「魂」の概念を完全に葬り去ったとは云われますが、其の根拠を示すのが、「省察」のうちの第二省察と呼ばれる部分です。アルキメデスの不動 のポイントを、デカルトは「私は考える/cogito)の中に発見したと高々に宣言すします。「考える私」は、身体をもち、栄養を摂取し、動き、そして感覚することができる。然し乍ら、其れ等夫々の要素や動態は、私から切り離すことができる筈であり確実な根拠をもって本質がそこにあるとは信じられない。然し乍ら、「私と考えること」は、「私が考えているかぎり」の二つは不可分で切り離すことは出来ない。私は、考えるもの(res cogitance)であり、これが精神(mens) だ。身体は、延長するもの(es extensa)として、精神と切り離 すことができる。これが有名な、デカルトの心身二元論で、人間が此の二つの実体か ら構成されるとします。自我観、身体観、更に彼デカルトの宇宙観では、アリストテレス的な霊魂観、個々の魂は身体としての肉体が終わる以上、死後は消滅してしまうことが明白だとする魂の概念が入る余地はありません。デカルトのコギト・エルゴ・スムは外的物質界の影響を受けない、アリストテレスとは異質な常恒の霊魂、外世界には存在の有無が問われる「時間」たるものは、神の継続の前では何ものをも意味しない。魂、「霊魂論」的には霊と魂は時間の影響は及ばず、とは云え、時間存在其のものの解答にはなりませんが、心頭に留め置きたいものです。



哲学・思想ランキング





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2019年11月24日 06時05分48秒
コメント(0) | コメントを書く
[時間考察] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

cap-hiro

cap-hiro

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月
2025年10月
2025年09月
2025年08月

© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: