Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2021年12月06日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-251
 スピノザは外部環境から刺激を受けた人間精神を物事を真に認識するには信を置けないとします。個物から刺激される人間精神は悲喜交々 感情が交錯する 在り処であるからです。反して内部から湧出する物の一致点・相違点・反対点を観相する内精神には信が置けると言います。
 系 この帰結として、人間精神は物を自然の共通の秩序に従って知覚する場合は、常に自分自身についても自分の身体についても外部の物体についても妥当な認識を有せず単に混乱し・毀損した認識のみを有するということになる。なぜなら、精神は、身体の変状の観念を知覚する限りにおいてのみ自分自身を認識する(この部の第二部定理二三 精神は身体の変状「刺激状態」の観念を知覚する限りにおいてのみ自分自身を認識する。により)、また精神は身体の変状の観念自身によってのみ自分の身体を知覚し(この部第二部の定理一九 人間精神は身体が受ける刺激「変状」の観念によってのみ人間身体自身を認識し、またそれの存在することを知る。により)、さらに同じくこの変状の観念自身によってのみ外部の物体を知覚する(この部の第二部定理二六人間精神は自己の身体の変状「刺激状態」の観念によってのみ外部の物体を現実に存在するものとして知覚する。により)。したがって精神は、そうした観念を有する限りは、自分自身についても(この部の第二部定理二九 人間身体のおのおのの変状の観念の観念は人間精神の妥当な認識を含んでいない。により)、自分の身体についても(この部の第二部定理二七 人間身体のおのおのの変状「刺激状態」の観念は人間身体そのものの妥当な認識を含んでいない。により)、外部の物体についても(この部第二部の定理二五 人間身体のおのおのの変状「刺激状態」の観念は外部の物体の妥当な認識を含んでいない。により)、妥当な認識を有せず、単に(この部の第二部定理二八人間身体の変状の観念は、単に人間精神に関連している限り、明瞭判然たるものではなく、混乱したものである。ならびに、その備考人間精神の本性を構成する観念は単にそれ自体のみにおいて考察すれば明瞭判然たるものでないということは同様の仕方で証明される。人間精神の観念および人間身体の変状の観念の観念も、それが単に精神にのみ関連している限りそうである。これは各人の容易に知りうるところである。により)毀損し・混乱した認識を有するのみである。Q・E・D・=これが証明すべきことであった。
 備考 私ははっきり言う。精神は物を自然の共通の秩序に従って知覚する場合には、言いかえれば外部から決定されて、すなわち物との偶然的接触に基づいて、このものあるいはかのものを観想する場合には、常に自分自身についても自分の身体についても外部の物体についても妥当な認識を有せず、単に混乱し毀損した認識を有するのみである。これに反して内部から決定されて、すなわち多くの物を同時に観想することによって、物の一致点・相違点・反対点を認識する場合にはそうでない。なぜなら精神がこのあるいはかの仕方で内部から決定される場合には、精神は常に物を明瞭判然と観想するからである。このことについてはのちに示すであろう。
 スピノザは人間精神を内から外世界を俯瞰させ、世界の法理を観念するならば妥当な認識が得られるとまるで禅僧が答えそうな答弁を用意します。



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最終更新日  2021年12月06日 06時10分04秒
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