Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2021年12月18日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-263
 スピノザは世界の根元を唯一の実体たるを「神即自然」と、物心、即ち「個物である身体と人間精神」はその二つの属性、物心両界の事象は実体の様態と規定します。事物を神との必然的連関のもとに直観するところに最高の認識と「神への知的愛」とが成立し、人間の最高善があると説きます。国家と法をめぐる思索もプラトン以来に重要は当然。スピノザは死後も長く無神論者且つ唯物論者と看做され、その著書の殆どがは禁書となります。18世紀後半から19世紀にかけて漸く再評価され、ドイツ観念論の成立にも深い影響を及ぼしたほか構造主義以後の現代思想に絶大な示唆を与え続けているのです。
 定理四〇 精神のうちの妥当な観念から精神のうちに生起するすべての観念は、同様に妥当である。
 証明 明白である。なぜなら、「人間の精神のうちの妥当な観念から精神のうちにある観念が生ずる、」と我々が言う場合、それは(この部第二部の定理一一の系 この帰結として、人間精神は神の無限な知性の一部である、ということになる。したがって我々が「人間精神がこのことあるいはかのことを知覚する」と言う時、それは、「神が無限である限りにおいてでなく、神が人間精神の本性によって説明される限りにおいて、あるいは神が人間精神の本質を構成する限りにおいて、神がこのあるいはかの観念をもつ」と言うのにほかならない。また我々が「神が人間精神の本性を構成する限りにおいてのみでなく、神が人間精神と同時に他の物の観念をも有する限りにおいて、神がこのあるいはかの観念をもつ」と言う時に、それは「人間精神が物を部分的にあるいは非妥当的に知覚する」と言う意味である。により)、「神が無限である限りにおいてではなく、また神がきわめて多くの個物の観念に変状した限りにおいてでもなく、神が単に 人間精神の本質を構成する限りにおいて、神の知性自身の中に神を原因とするある観念が在る、」と言っているのにほかならない、そしてこのゆえにそれは妥当なものでなければならぬ。
 スピノザは世界の根元を唯一の実体たるを「神即自然」が、唯物論者と看做されるにしては観念を持つとしています。世界の側に存在と意思が在るとする表現ですが、アインシュタインの「どんな条件であれ、私には確信がある。神は絶対にサイコロを振らない。」が「神即自然」に妥当と憶えます。



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最終更新日  2021年12月18日 06時10分05秒
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