Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年01月06日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-282
 スピノザにおける「観念(idea)」と「自己の有に固 執する力」であると共に「行為する力」でもある「コナトゥス(conatus)]は統一的なものとして把握します。「エチカ」第二部終盤と同書第三部に登場する「意志(voluntas)」は概念が一義的 に用いられ、スピノザが決定論的な「判断の意志説」というべき立場を支持しており、「判断の意志説」、判断を意志の能力に依拠する心的働きと見なす故、意志と知性とは同一との説を成します。此の点でデカルトおよびスピノザの意志と判断に関する見解は似通います。デカルトとスピノザに帰されている立場は、「意志の判断説」、または「意志の主知説」と呼ぶ ことが出来得ます。つまり意志を知性能力の一部と解された「判断」に従属させる見方なのでしょう。然し乍ら、少なくともデカルト、意志を自由な選択能力として解する立場からであるとしても、 むしろ「判断の意志説」、または「判断の主意説」と呼ぶべき立場、つまり判断を知性ではなく意志に従属させる立場をとっていたと見る方が妥当でしょう。デカルトの神は意志の力によって数学的真理をも変更し得る権能を備えており、人間の意志はそのような神の意志に匹敵するものとして、敢えて数学的真理をも懐疑の俎上に上せることを明晰な知識にもとづいて決断できるとします。此れは現代物理科学の恩恵を受けている現代人はマルチユニバース候補の第一原理は別として、第二・第三・第四候補を受け入れないユニバース宇宙論の世界=自然=法則=数=神の立場にたてば、デカルトの神が意志の力によって数学的真理をも変更し得る権能を持つというのは、まさかデカルトが協会権威を恐れていたとも想えず、スピノザならずとも疑念に駆られます。



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最終更新日  2022年01月06日 06時10分05秒
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