Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年02月10日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-317
 一口に「愛」といっても古今東西における其々の思わく・枠組みが相違し、此れが「愛」だと統一されているわけではありません。社会的な人間にとって根源的な愛の形態の一つは。自分自身を支える基本的な力となる自己愛( 英語でself-love とも、narcissism の訳語として用いられることもある)なるものでしょう。
 生まれてきたばかりの赤ん坊は、庇護者と接しながら自己と他者の認識を形成する。その過程で自身が無条件に受け入れられていると実感することが、自己愛の形成に大きく関与します。「自分が望まれている」事を前提に生活できることは、自身を大切にし自己実現に向かって前進する土台となり得ます。また、自己に対する信頼が安定すること、自分という身近な存在を愛せることは、その経験から他者を尊重することにも繋がるのです。心理学者らからは、自己愛が育って初めて他人を本当に愛することができるようになる、としばしば指摘されているが如く、自分を愛するように、他者を愛することができるという訳です。自分を愛せない間は、人を愛するのは難しいと言われるのも道理です。ところが、子供の成長環境によっては、虐待されたり、自身の尊厳を侵されたりするような環境に屡々置かれることがある。この場合、その子供は自己の精神統御次第で逆境に打ち勝ち、人格者に成長する可能性もあるし、自己愛が希薄な自虐的な性格になるなどの可能性もある。もし仮に後者であって自己愛を取り戻すには、自身が無条件で受け入れられていると強烈に実感する実体験が鍵の一つとなることもあり得ましょう。将又、周囲から見てか精神的に未熟な者が、恋愛の最中に「恋している自分に恋している」と評されることも多々あります。これは、気分が舞い上がり対象を愛している自己に酔っている、また、パートナーがいるという優越感に浸っている状態を揶揄するものです。しかし、本人の認識も、他者も、恋愛の対象も、全面的に真に相互的な恋愛感情を抱いていると誤認しやすいことから、問題を醸しやすく生に限りある「自己愛」は人間精神に究極の「喜び」を齎すものではありません。
 スピノザは世界の究極の存在であるものにも、世界を認識しようとする人間存在に「自己愛」という思惟がある以上、その延長・様態の根源であるものには「自己愛」が存在する筈だと思考します。



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最終更新日  2022年02月10日 06時01分42秒
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