Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年02月11日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-318
 スピノザの人種的・宗教的背景の心身の二重の複雑性が此処定理二〇では彼の正邪をも超えた屈折した苦悩が顕れていることが憶測されます。後世のユダヤ人への独逸ナチスの迫害の熱狂的狂奔を暗示しています。
 定理二〇 自分の憎むものが破壊されることを表象する人は喜びを感ずるであろう。
 証明 精神は(この部第三部の定理一三 精神は身体の活動能力を減少しあるいは阻害するものを表象する場合、そうした物の存在を排除する事物をできるだけ想起しようと努める。)により、身体の活動能力を減少しあるいは阻害する事物の存在を排除するようなものを表象しようと努める。言いかえれば精神は(同じこの部第三部の定理一三の備考 これらのことによって我々は愛および憎しみの何たるかを明瞭に理解する。すなわち愛とは外部の原因の観念を伴った喜びにほかならないし、また憎しみとは外部の原因の観念を伴った悲しみにほかならない。なおまた、愛する者は必然的に、その愛する対象を現実に所有しかつ維持しようと努め、これに反して憎む者はその憎む対象を遠ざけかつ滅ぼそうと努めることを我我は知る。しかしこれらすべてについては、以下においていっそう詳しく述べるであろう。)により、自分の憎むものの存在を排除するようなものを表象しようと努める。したがって精神の憎むものの存在を排除するような物の表象像は精神のこの努力を促進する、言いかえればそれは(この部第三部の定理一一の備考 そこで我々は、精神がもろもろの大なる変化を受けて時にはより大なる完全性へ、また時にはより小なる完全性へ移行しうることが分かる。この受動が我々に喜びおよび悲しみの感情を説明してくれる。こうして私は以下において喜びを精神がより大なる完全性へ移行する受動と解し、これに反して悲しみを精神がより小なる完全性へ移行する受動と解する。さらに私は精神と身体とに同時に関係する喜びの感情を快感あるいは快活と呼び、これに反して同様な関係における悲しみの感情を苦痛あるいは憂鬱と呼ぶ。しかし注意しなければならないのは、快感および苦痛ということが人間について言われるのは、その人間のある部分が他の部分より多く刺激されている場合であり、これに反して快活および憂鬱ということが言われるのは、その人間のすべての部分が一様に刺激されている場合であるということである。)により、精神を喜びに刺激する。ゆえに自分の憎むものが破壊されることを表象する人は喜びを感ずるであろう。Q・E・D・=此れが証明すべきことであった。
 この人間の精神の通常の善悪・道義・正邪をも超えた感情は善の中にも悪を持ち込み、悪の中にも手前勝手の善の思いを持ち込みます。善の中の悪道、悪の中の善道を醸し出すのです。此れこそが人間精神の根底の基本なのかもしれません。人類史上類まれなる発展途上にある現代にあっても根を枯らすどころか、増々、枝葉を満たすのですから。復仇に対する復仇。スピノザは旧約ユダヤ民族としての迫害には如何様に歯軋りしたのかは我々には計り知れないものがあります。



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最終更新日  2022年02月11日 06時10分04秒
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