Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年04月02日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-367
付録:感情の諸定義 六:愛 七:憎しみ
 スピノザが著書「エチカ(倫理学)」で最も主張すべき命題としての、人間の喜びと幸福への精神感情の経緯が人間の喜びと欲望が愛へと向かい、それが実践として善への倫理に繋がり、神(世界)単一宇宙論ユニバースで云う単一の無限の世界です。現代最先端の重力量子物理学から派生したマルチバース理論が仮想する各種の宇宙論には認識哲学を主旨とするスピノザが対応し切れないのは無理がありません。何れにしろ我々が認識するのは現宇宙ですから、スピノザの哲学的世界観を受け入れることには矛盾は生じないと憶えます。:記
 六 愛とは外部の原因の観念を伴った喜びである。
 説明 この定義は愛の本質を十分明瞭に説明する。これに反して著作家たちのあの定義、愛とは愛する対象と結合しようとする愛する者の意志であるという定義は、愛の本質ではなくその一特質を表現するにすぎない。そしてこれらの著作家たちは、愛の本質を十分に洞察しなかったから、愛の特質に関しても明瞭な概念を持つことができなかったのであり、その結果として彼らの定義はいたって曖昧なものと人々から批判されている。しかしここに次のことを注意してもらわなければならぬ。意志によって愛する対象と結合しようとするのが愛する者における一特質であると私が言う場合、私は意志ということを精神の同意ないし考慮、あるいは自由決意と解せず、なぜなら第二部定理四八(精神の中には絶対的な意志、すなわち自由な意志は存しない。むしろ精神はこのことまたはかのことを意志するように原因によって決定され、この原因も同様に他の原因によって決定され、さらにこの後者もまた他の原因によって決定され、このようにして無限に進む。)で証明したようにそうしたものは想像の産物にすぎないから)。また愛する対象が不在ならばこれと結合しようとし、それが存在するならばその現在に固執しようとする欲望であるとも解しない。なぜなら愛はこのあるいはかの欲望なしにも考えられうるからである。むしろ私は意志ということを愛する対象の現在のゆえに愛する当人が感ずる満足、それによって愛する当人の喜びが強化されあるいは少なくともはやくまれるその満足と解する。
 七 憎しみとは外部の原因の観念を伴った悲しみである。
 説明 ここで注意すべきことは前の定義の説明の中で述べたことから容易に看取される。そのほかこの部第三部の定理一三の備考(要項:すなわち愛とは外部の原因の観念を伴った喜びにほかならないし、また憎しみとは外部の原因の観念を伴った悲しみにほかならない。なおまた、愛する者は必然的に、その愛する対象を現実に所有しかつ維持しようと努め、これに反して憎む者はその憎む対象を遠ざけかつ滅ぼそうと努めることを我我は知る。)を見よ。



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最終更新日  2022年04月02日 06時10分05秒
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