Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年04月22日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-387
 第四部定理一
  備考 この第四部定理一は第二部定理一六の系二(抜粋:第二に、我々が外部の物体について有する観念は外部の物体の本性よりも我々の身体の状態をより多く示すということになる)からいっそう明瞭に理解される。すなわち表象は、外部の物体の本性よりもより多く人間身体の現在的状態を知悉する云々。しかも判然とではなく、混乱して曖昧な云々、表示する観念である。精神が誤ると言われるのはこれから起こる。例えば我々が太陽を観る場合、それが我々から約二百フィート隔たっていると表象する。我々は太陽の真の距離を知らない間はこのことについて誤っている。しかし我々がその距離を知ったとすれば、誤謬は除去されるが、表象は、言いかえれば太陽の観念身体への刺激云々、身体が太陽から刺激される限りにおいてのみ太陽の本性を表示するような表象そのもの云々、は除去されない。したがって我々は、たとえ太陽の真の距離を知っても、太陽が依然として我々の近くにあるように表象するであろう。なぜなら、第二部定理三五の備考(抜粋:もしあとで我々が太陽は地球の直径の六百倍以上も我々から離れていることを認識しても、我々はそれにもかかわらずやはり太陽を近くにあるものとして表象するであろう。なぜなら、我々が太陽をこれほど近いものとして表象するのは、我々が太陽の真の距離を知らないからではなく、我々の身体の変状〔刺激状態〕は身体自身が太陽から刺激される限りにおいてのみ太陽の本質を含んでいるからである。)で述べたように、我々が太陽をこれほど近いように表象するのは、太陽の真の距離を知らないからではなく、精神は身体が太陽から刺激される限りにおいて太陽の大きさを考えるからである。同様に、太陽の光線が水面に落ちてそこから我々の目に反射して来る場合、我々は太陽の真の場所を知っていながらも、それがあたかも水中にあるかのように表象する。精神を誤らしめるその他の表象についても同じことが言われるのであって、それらの表象は、身体の自然的状態を表示していようと身体の活動能力の増大ないし減少を表示していようと、真なるものに矛盾せずまた真なるものの現在によって消失しない。なるほど、我々が誤ってある害悪を恐れる場合に、真の報告を聞いて恐怖が消失するということはありうる。しかし反対に、我々が確実に生起する尊意を恐れる場合、誤った報告を聞いて恐怖が同様に消失する、ということも等しく起こりうる。したがって表象は、異なるものが真であるというだけで真なるものの現在によって消失するのではなく、むしろ、第二部定理一七(もし人間身体がある外部の物体の本性を含むような仕方で刺激されるならば、人間精神は、身体がこの外部の物体の存在あるいは現在を排除する刺激を受けるまでは、その物体を現実に存在するものとして、あるいは自己に現在するものとして、観想するであろう。)で示したように、我々の表象する事物の現在する存在を排除するより強力な他の表象が現われることによって消失するのである。



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最終更新日  2022年04月22日 06時00分25秒
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