Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年05月01日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-396
 定理九 感情は、その原因が現在我々の前(*面前)にあると表象される場合には、それが我々の前にないと表象される場合よりも強力である。
 証明 表象とはある観念、能動的であれ受動的であれ、実相であれ仮相であれ、精神がそれによって物を現在するとして観想するある観念である(第二部定理一七の備考におけるその定義 抜粋:我々は、しばしば起こるように、もはや存在しないものをあたかも現在するかのごとく観想するということがいかにして起こりうるかを知る。そしてこのことは他の原因からも起こることが可能である。しかしここでは真の原因によってそれを説明したと同様の効果のある一つの原因を示しただけで私にとっては十分である。それにまた私は真の原因からそれほど遠ざかっているとは信じない。なぜなら、私が採用したあのすべての要請は経験によって裏付けられないことをほとんど含んでいないのであり、そして人間身体が我々の感ずるとおりに存在していることを示した今では、経験について疑うことは我々にとって許されないからである。)。この観念はしかし外部の物の本性よりもより多く人間身体の状態を表示する(第二部定理一六の系二 第二に、我々が外部の物体について有する観念は外部の物体の本性よりも我々の身体の状態をより多く示すということになる。これは私が第一部の付録(要項:本性と様態)の中で多くの例を挙げて説明したところである。
 ゆえに感情は(感情の総括的定義 要項:喜びおよび悲しみの本性のほかに、欲望の本性により)身体の状態を表示する限りにおける表象である。ところが表象は(第二部定理一七 もし人間身体がある外部の物体の本性を含むような仕方で刺激されるならば、人間精神は、身体がこの外部の物体の存在あるいは現在を排除する刺激を受けるまでは、その物体を現実に存在するものとして、あるいは自己に現在するものとして観想するであろう。により)外部の物の現在的存在を排除する何ものも我々が表象しない間はより活撥である。ゆえに感情もまた、その原因が現在我々の前にあると表象される場合には、それが我々の前にないと表象される場合に比べより活撥である。あるいはより強力である、。Q・E・D・=此れが証明すべきことであった。
 備考 私がさきに、第三部定理一八(人間は過去あるいは未来の物の表象像によって、現在の物の表象像によるのと同様の喜びおよび悲しみの感情に刺激される。)において、我々は未来あるいは過去の物の表象像によって、あたかも、我々の表象する物が現在している場合と同じ感情に刺激されると言った時に、単にその物の表象像を眼中に置く限りにおいてそのことが真であることを私は特に注意した。表象像は我々がその物を現在するとして表象しようとしまいと、同一本性を有するからである。しかし未来の物の現実的存在を排除する他の物が現在するとして観想される場合には、その表象像がより弱くなることを私は否定したわけではなかった。そのことを私があの時注意することをしなかったのは、感情の力についてはこの部に入ってから論ずることに決めていたからである。
 系 未来あるいは過去の物の表象像、言いかえれば現在のことは度外視して未来あるいは過去の時に関連させて観想する物の表象像は、その他の事情が等しければ、現在の物の表象像よりも弱い。したがって未来あるいは過去の物に対する感情は、その他の事情が等しければ、現在の物に対する感情よりも弱い。



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最終更新日  2022年05月01日 06時01分04秒
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