Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年07月08日
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カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-464
 スピノザが人間の精神感情の高みの極みに目指すのは「人間身体と精神」の全き自由を目指した、全ての苦渋からの解放です。此れは多分にスピノザの影響を受けたと想われる日本の西田幾多郎の「善の研究」の最終章にも顕れます。
 定理六九 自由の人の徳は危難を回避するにあたっても危難を克服するにあたってと同様にその偉大さが示される。
 証明 感情はそれと反対のかつそれよりも強力な感情によってでなくては抑制されることも除去されることもできない(この部第四部の定理七 感情はそれと反対のかつそれよりも強力な感情によってでなくては抑制されることも除去されることもできない。により)。ところが盲目的大胆と盲目的恐怖とは等しい大いさのものと考えられうる感情である(この部第四部の定理五 おのおのの受動の力および発展、ならびにそれの存在への固執は、我々が存在に固執しようと努める能力によっては規定されずに、我々の能力と比較された外部の原因の力によって規定される。および定理三 人間が存在に固執する力は制限されており、外部の原因の力によって無限に凌駕される。により)。ゆえに大胆を抑制するには恐怖を抑制するのと等しい大いさの精神の徳すなわち精神の強さ(その定義は第三部定理五九の備考 抜粋:妥当に認識する限りにおける精神に関係する諸感情から生ずるすべての活動を、私は精神の強さに帰する。そしてこの精神の強さを勇気と寛仁とに分かつ。勇気とは各人が単に理性の指図に従って自己の有を維持しようと努める欲望であると私は解する。これに対して寛仁とは各人が単に理性の指図に従って他の人間を援助しかつこれと交わりを結ぼうと努める欲望であると解する。かくのごとく私は、行為者の利益のみを意図する行革を勇気に帰し、他人の利益をも意図する行為を寛仁に帰する。ゆえに節制、禁酒、危難の際の沈着などは勇気の種類であり、これに反して礼譲、温和などは寛仁の種類である。について見よ)を必要とする。言いかえれば(諸感情の定義四〇 大胆とは同輩が立ち向かうことを恐れるような危険を冒してある事をなすようにある人を駆る欲望である。及び、諸感情の定義四一 小心とは同輩があえて立ち向かうこと辞さないような危険を恐れて、自己の欲望を阻まれる人間について言われる。により)自由の人は危難を克服しようと試みる時と同じ精神の徳をもって危難を回避する。Q・E・D・=これが証明すべきことであった。
 系 このゆえに、自由の人にあっては、適時における逃避は戦闘と同様に大なる勇気の証明である。すなわち自由の人は戦闘を選ぶ時と同じ勇気ないし沈着をもって逃避を選ぶ。(*Michel Ney:ナポレオンにも「全く何と言う男だ!フランス軍には勇者が揃っているが、ミシェル・ネイこそ真に勇者の中の勇者だ!」と言わしめている。ロシア遠征退却時に陣頭指揮を執る)
 備考 勇気とは何か、あるいは勇気ということを私がいかに解するかは第三部定理五九の備考 抜粋:勇気とは各人が単に理性の指図に従って自己の有を維持しようと努める欲望であると私は解する。において説明した。これに対して危難とは何らかの害悪すなわち悲しみ、憎しみ、不和などなどの原因となりうる一切のものと私は解する。



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最終更新日  2022年07月08日 06時10分08秒
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