Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

2022年08月16日
XML
カテゴリ: 絶対存在論
神の存否-502
 定理二七 この第三種の認識から、存在しうる限りの最高の精神の満足が生ずる。
 証明 精神の最高の徳は神を認識することにある(第四部定理二八精神の最高の善は神の認識であり、また精神の最高の徳は神を認識することである。により)。すなわち物を第三種の認識において認識することにある(この部第五部の定理二五 精神の最高の努力および最高の徳は、物を第三種の認識において認識することにある。により)。そしてこの徳は精神が物をこの種の認識においてより多く認識するに従ってそれだけ大である(この部第五部の定理二四 我々は個物をより多く認識するに従ってそれだけ多く神を認識する(あるいはそれだけ多くの理解を神について有する)。により)。ゆえに物をこの種の認識において認識する者は人間の最高の完全性に達し、したがってまた(感情の定義二 喜びとは人間がより小なる完全性からより大なる完全性へ移行することである。により)最高の喜びに刺激される。しかもこの喜びは(第二部定理四三 真の観念を有する者は、同時に、自分が真の観念を有することを知り、かつそのことの真理を疑うことができない。により)自己および自己の徳の観念を伴ったものである。したがって(感情の定義二五 自己満足とは人間が自己自身および自己の活動能力を観想することから生ずる喜びである。により)この種の認識から、存在しうる限りの最高の満足が生ずる。Q・E・D・=これが証明すべきことであった。
 記:スピノザの紐解く神が世界そのものとは、神=世界(*全く因果関係のないマルチバース宇宙を含む。) ≧ 宇宙(*我々人間が物理的に認識出来得るユニバース)=物理法則=人間精神の最高の善である神の認識(*スピノザ及び西田幾多郎、乃至、姓はゴータマ/Gotama釈迦族全体の姓、名はシッダールタ(悉達多/Siddhārthaのゴウタマシッダルタ/GautamaSiddhartha)の究めんとするところに、大きな乖離はありません。彼は人間原理の全てが物理法則に従うように人間精神が神の摂理・真理を究めることに存在しうる限りの最高の精神の最高の喜び・満足が生ずるとするのです。



哲学・思想ランキング





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2022年08月16日 06時10分07秒
コメント(0) | コメントを書く
[絶対存在論] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

cap-hiro

cap-hiro

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月
2025年10月
2025年09月
2025年08月

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: