Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年10月02日
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カテゴリ: 霊魂論
5. 人聞を神的世界へと導くー2
 人聞が自らの心魂のなかで認識でき得たものと、キリスト教が神と名づけるものとのあいだには大きな乖離がある。それは、知識と信仰の隔たり 、認識と宗教的感受との隔たりである。古代の密儀の徒には、この隔たりはなかった。密儀の徒は、自分が神的なものを、段階を追ってしか把握できないと知っており 、なぜそうしかできないのかも知っていたからである。彼等には段階的に体験される神的なもののなかに、本当の生々しい神的なものが存在していることが明らかであるから。彼等には、 一柱の完全な、完結した神について語るのは困難である。密儀の徒は、完結した神を認識しようとはしない。彼等は神的な生命を体験しようとする。彼等は自らを神化しようとする。彼等は神性と外的な関係を持つことを意図しない。この意味で、キリスト教神秘主義は無条件のものではない。これがキリスト教の本質になったのをシュタイナーを批判するのです。シュタイナーにとっての神とは、外にある絶対的、超人的な神ではなく、人間の内奥の自己と等身大の神、「神的な生命」存在なのです。彼シュタイナーは人間夫々ひとりの個体・個性こそが存在の条件であると考えているのであす。観念的なものを重要視しつつも、観念の世界に浸るのではなく、現実の世界で生きる人聞としての生をも重視する。意志・感情・思考を含め人間の主体性から出てくるものが中心となり、外なる神はその人間を助ける存在として解釈されのです。シュタイナーーの考える神とは、人間を越えて人間の外に構えるキリスト教の神ではなく、古代ギリシアの密儀精神が見い出した、人間と等身大の人間の内部にある神を意味しするのです。



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最終更新日  2022年10月02日 06時03分03秒
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