Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

2022年11月01日
XML
カテゴリ: 霊魂論
第3章 眠りと死(31節/01)
01 可視界認識から不可視界認識への拡張
 覚醒意識の本質は睡眠の考察、命の本質は死の考察から洞察できる。超感覚的認識の意義を知らなければ、睡眠や死の考察は当然ながら不可解な筈である。人生にとっては覚醒時の活動が重要で、生きていなければ創造もできないのだから、睡眠や死は無意味だし、それについての勝手な妄言は虚しいという意見は理解できる。健全な魂は「幻想」は受け入れられないし、無意味な夢想にふける人々は「真の創造行為」とは無縁で、活力や人生の喜びに乏しい人々だというのである。しかし、この判断を安易に不当と決めつけるのは正しくない。この判断は一定の真実を含んでいる。たとえその真実が四分の一に過ぎず、四分の三が補われる必要があるにしろ、この正しい四分の一を否定してしまったら、この四分の一を金科玉条とする人びとは残りの四分の三には気づかず納得もしないだろう。… 眠りや死の秘密を考察が、生活活力の弱体化や厭世化につながるなら、不健全なものと思われても当然だし、古来のいわゆる神秘学は実際その通りで不健全であった。しかし、以下に示す真の超感覚的認識そのものが不健全な訳ではない。睡眠中は意識を失うが、その睡眠が人間には不可欠であるように、通常は意識されない超感覚的な事柄が実生活においても不可欠なのである。睡眠中も人間の命は継続していて、眠りから活力を汲み取り、覚醒時の営みを維持している。意識化できる事柄だけを見ても、これは理解できる。しかし、可視界での認識を不可視界の認識で補完すべき事柄は他にも多くある。死についても同様である。新しい生命の発生のために、生命は死ぬのである。「自然は、多くの生を得るために、死を作り出した」というゲーテの言葉は超感覚的な認識によって初めて理解しうる。一般に、死のない生が存在しえないように、超感覚的洞察のない可視界認識も存在しえない。ただ、可視界を認識するには、繰り返し不可視界に入り込み、認識能力を発展させる必要がある。この学問は、真の在り方であれば、生命力を弱めることはなく、むしろその力を強め、それが消耗し弱まるたびに力を与えてくれる。
記:地球上のあらゆる生命、生命体の定義では物議を醸すウィルスを含め、生態系で眠りと死を全てが持つわけではありません。生態系が高度に進化するほど「眠りと死」が生命活動に顕著になります。なに故か。シュタイナーの神秘学に興味がある所以です。



哲学・思想ランキング





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2022年11月02日 13時36分44秒
コメント(0) | コメントを書く
[霊魂論] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

cap-hiro

cap-hiro

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月
2025年10月
2025年09月
2025年08月

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: