Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2022年11月21日
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カテゴリ: 霊魂論
第3章 眠りと死(31節/30)
30 教育が可能という事実は霊的人間存在の証明
 適切なイメージが内的な力を生み出す、という前述の証明は、論理的に公正に考えれば、直接の超感覚的観察には劣るにしろ、間違いなく最も確実な証明である。他の証明にしても、確かに重要ではあるが、そこには反論の隙がある。また、「人間は教育の可能性を内に持ち、また実際に教育される。」という事実そのものが、霊的人格が身体に受肉することの論理的証明であることは、真に、囚われなく見れば了解できるだろう。それぞれの動物に特有な特性や能力とは、誕生と共に遺伝によって方向づけられ、環境に応じて展開する。ヒヨコの生き方は誕生時から決定されている。それに対し人間では、遺伝ではない教育などで内面の営みを豊かにしうる可能性がある。内面の力が外からの働きかけに応じ、それを自分のものにする能力が人間にはあるし、それは教育者にとっては自明である。そうでなければ、あらゆる教育や修行は無意味である。見る目を持つ教育者には、遺伝的素質と、その素質を介して輝き出る前世に由来するあの内的な力との違いがわかる。こうした事柄では、天秤で計るような重みのある正当な証明はできない。しかし、重みがないがゆえに、まさに人間の営みの最も深い部分にかかわっているのである。これを感じ取れれば、この手では掴めない証拠の方が掴める現実よりも明確な証明であることがわかる。「動物も、調教、つまり教育によって能力を身につける。」という反論は、本質が見えれば無意味である。なぜなら、動物から人間への移行過程が随所で見られるにしろ、能力が個的本質と一体になる人間の場合と、動物における調教の成果とは別だからである。ダーウィンによれば、猟犬は教えられなくても、また見なくても、獲物をくわえて戻ってくるという。このように、家畜が人間との暮らしで身につけた能力は遺伝するが、これはその能力が個にではなく、種に影響することを示している。人間の教育では、これは不可能である。



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最終更新日  2022年11月21日 06時02分28秒
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