Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2023年01月09日
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カテゴリ: 霊魂論
「神秘学概論」読解
10 眠りについて - 4 アストラル体の振る舞い 
 ふつうなぜ人は眠るのかといえば、起きていると疲れてしまうから、その疲れをとるためだというふうに説明されたりするが、あまり説得力のあるものではない。この「疲労」に関して、シュタイナーは巻末の「註」で、詳細に分析している。
 眠りと疲労の関係については、たいていの場合、事実に基づいた考察がなされていないので、眠りは疲労の結果おとずれると考えられている。しかしそう考えるのでは単純すぎる。興味のない話を聞かされたような場合、全然疲れていなくても眠ってしまう。そういうときこそ疲れるのだと言う人は、真剣に認識しようとしないで、そう語っているにすぎない。目覚めと眠りは、振り子が左右に振れるときのようにリズミカルな仕方で、魂と体との関わり方を変化させている。このことを先入見(類語:先入観)を持たずに観察すれば、魂が外界の印象を十分に受け取ったとき、自分の身体を十分に味わうために、別の状態へ移りたいと欲していることがわかる。外界の印象にふけることと自分の身体にひたること、魂はこの二つの状態を繰り返している。前者の状態にいる魂は、もちろん無意識に後者の状態を欲するようになる。そして後者の場合は、もちろん無意識に経過する。自分の身体を味わいたいと欲することのあらわれは疲労である。したがって、眠りたいから疲れを感じるのであって、疲れを感じるから眠りたくなるのではない。
 人間の魂は、通常の生活習慣において必ずおとずれるこの二つの状態を、自分の恣意に従って呼び起こすこともできるから、外からの印象を受け取らなくても、自分の身体を味わいたいと願うことができる。つまり、魂の内なる状態が求めるのではない場合にも、眠ってしまうことがありうる。(P447-448)
 たしかに、疲れたから眠るというのは説明にかなっていなかったりする。たとえば物質的に疲労の物質がたまるからといってそれが眠る原因であるということにはならない。寧ろ、疲れすぎていると眠れなくなることさえある。シュタイナーは、「振り子が左右に振れるときのようにリズミカルな仕方」という説明をいろんなところで用いているのだけれども、の目覚めと眠りについても、そういうリズムとしてとらえるときに、はじめてシュタイナーの云うところの宇宙的な意味が理解されるのではないだろうか。
さて、眠っているときの肉体とエーテル体には、自我とアストラル体が存在していないのだろうかという疑問についてであるが、シュタイナーはどう捉えているのであろうか。つまり、眠っているときに、人が肉体とエーテル体だけの存在になっているのだとしたら、まさに植物とまったく同じであるということになるが、それだけではなさそうだというのはだれでも直感的に感じる。勿論のこと、シュタイナーに従えば自己のアストラル体と自我は、肉体とエーテル体を抜け出てしまうのだけれども、その代わりをするものがあることが想定される。そうでなければ新睡眠状態の人間は文字通り植物人間と化してしまう。
参照:「シュタイナー医学原論」を翻訳されたゲーテ・シュタイナー研究家である佐藤公俊氏はそのあたりについて、「薔薇十字の秘教」の第3講「人の性質と存在」のなかで触れておられる。
夜眠っている人は、謂わば、昼の植物のレベルに降下しているのです。人は2層存在になります。物質体とエーテル体は寝床にあり、アストラル体と自我は外にあります。皆さんは、それでは眠っている人は植物であると言えるのだろうかと、お尋ねになるかも知れません。そうではありません。しかし、その時人と植物は同じ体の組成で出ているのです。地上で物質体とエーテル体だけを持つ存在は植物です。アストラル体と自我が存在すると、物質体とエーテル体は変化を受けます。植物には神経網は存在しません。暖かい血があるのは、自我を持つ物質体だけです。高等動物は、原人間の退化した形態と見做さなされねばなりません。物質体で自我は血液に表出します。アストラル体は神経に、エーテル体は腺組織に、人の物質的性格はその体に、表出します。ですから、もしアストラル体が神経組織の創造者なら、事実そうなのですが、この神経組織は悲痛な状況にあります。睡眠中にそれはその創造者に見捨てられているからです。腺組織の場合は事情が違います。エーテル体はそれとともに留どまるからです。しかし物質体とエーテル体の血液組織は、夜、無慈悲に自我に見捨てられます。物質体は自分自身で存在出来ます。なぜなら物質的性質は同じままだからです。それは腺組織の場合も同じです。エーテル体は睡眠中も物質体の中に留どまるからです。ところが、神経組織はその主に見捨てられます。霊視意識に、その時、何が物質体に起きているのか、聞いてみましょう。人のアストラル体が夜に物質体とエーテル体から出て行く、ちょうどそれと同じ度合いだけ、「神的で霊的」アストラル体が寝床に横たわっている体に移行するのです。同じ事が血液組織にも当て嵌まります。神的ー霊的自我がその中に入り、その維持をします。夜にも、人は4層存在なのですが、高次の存在たちが寝床に残る二つの体を所有するのです。朝になって人のアストラル体と自我がエーテル体と物質体に帰って来ますと、彼自身のアストラル体は偉大な力の存在を追放します。同じ事が血液組織の場合にも生じます。人の自我は、夜の間、血液組織を維持してくれた神的ー霊的自我を駆逐します。神的ー霊的存在たちはいつも私たちの周囲に存在しています。昼間彼らは退かねばなりません。ちょうど私たち自身が夜には退出しなければならないのと同じです。こうした神的ー霊的存在たちは昼間は眠ります。一方人間存在たちは夜に眠ります。夜に神的ー霊的自我と神的ー霊的アストラル体は、寝床に眠る人の物質体とエーテル体の中に入り、朝にこれらの体を去って行きます。人の過程は正反対です。夕べに人は体を見捨てて、朝にそれらの所有を回復します。様々な宗教に、神々は昼間眠るという感情がまだ残っています。神々が一番深い眠りに落ちているといって正午に教会を閉める国もあるのです。(ルドルフ・シュタイナー『薔薇十字の秘教』第3講「人の性質と存在」1909年7月5日 ブダペストより/佐藤公俊訳)



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最終更新日  2023年01月09日 06時10分06秒
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