対極をなす霊的巨人 ヒトラー vs ルドルフ・シュタイナー-2 ルドルフ・シュタイナーは、自らが主宰する「人智学運動」の中枢として、スイスのバーゼル近郊の寒村の丘に、2つの巨大なドームを備えた異様でかつ美しい木造の建物「ゲーテアヌム」を建設します。彼はこの「ゲーテアヌム」を、科学・芸術・教育・宗教を統合する、新しいヨーロッパの「自由大学」にしようと計画していたのです。ところがあろうことか、その「ゲーテアヌム」が、1922年12月31日の大晦日の夜何者かの放火によって炎上してしまう。しかも、そのとき、講堂ではシュタイナーが800人もの聴衆を前に講演を行っていた。後日、「ゲーテアヌム」の火災のあとからは、放火犯と思われる1体の焼死体が発見された。この男はドイツ系スイス人であり、熱狂的なナチスの支持者であったことが判明。彼は自らが信奉するナチスの創設者のひとりで、ナチ党の母胎となった「トゥーレ協会」の思想的リーダーのディートリヒ・エッカルトの遺言「ゲーテアヌムを焼き払い、シュタイナー博士とそのサークルの精通者を炎の中で殺せ」という遺言を忠実に実行したという。幸いなことにシュタイナーは一命をとりとめた。しかし、ナチスによる攻撃の手はその後も執拗なまでにシュタイナーを襲うのである。実はこの放火事件の前、同年1922年の春にも、シュタイナーはミュンヘン駅構内で、ナチス側の暗殺者に銃撃されるところをあやうく逃れるという、暗殺未遂事件にも遭遇していた。エッカルトの遺言を見るまでもなく、1920年代の初期のナチスにとって「抹殺すべき最大の敵」は、実はユダヤ人でも、ボルシェヴィキ(革命的共産主義者)でもなく、シュタイナーこそがその最大の敵であったと言われている。初期のナチスたちは、シュタイナーの広範な影響力を、ユダヤ人の「アジ演説」よりも危険な「混乱」とみなしていたという。ナチスにとって、シュタイナーの提唱するイデオロギーは「世界フリーメイソンの卵」であり、国家を破壊する共産主義的なものだと見做されたらしい。