Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2023年06月04日
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カテゴリ: 霊魂論
現生宇宙と霊的世界 2-死と再誕の間の時期・霊的世界への参入
 霊視的になった魂がこれら感覚世界の中でだけ自分のものとする生活を自分自身の中で展開することができる存在たちの世界に精通するとき、自分自身の思考、感情、そして意志についての理に適った表象へと至る。この人間の魂的能力は元素的な世界におけるエーテル的な人体の中では発展することができない。元素的な世界においては、人間の意志は弱く夢のような力に留まり、人間の思考は虚(うつ)ろであり吹き消されるような表象世界に留まる。そこでは自我感情はそもそも存在すらしない。人間にとって、これらすべてに至るためには、肉体を纏っていることが不可欠なのである。霊視的になった魂が元素的な世界から本来の霊的な世界に上昇するとき、元素的な世界に比べても、感覚世界の状況からさらに遠く離れた状況の中にあるのを体験する。元素的な世界の中では、まだ多くのものが感覚世界を想起させる。霊的な世界の中では、完全に新しい関係性の前に立つことになる。感覚世界の中で獲得できた表象だけをそこで有している限り、何も始めることができない。然し乍ら、人間は、感覚世界の内にある人間の魂として、内的な生を強化することにより、霊的世界での滞在を可能にするものを感覚世界から霊的世界に持ち出さなければならない。そのようにして強化された魂的生活を霊的世界に持ち出さない限り、人はその世界の中で只ひたすら無意識の状態に陥る。そのときに、人はちょうど感覚世界の中で植物がそうであるような状況に居合わすことになるだろう。人は人間の魂として、感覚世界の中には存在しないけれども、それでもその中に存在することがあかされているものすべてを霊的世界に持ち込まなければならない。人は感覚世界の中のいかなる事物や事象にも直接的には対応しないこれらのあかされたものによって喚起されるであろう表象を感覚世界の中で形成することができなければならない。
 感覚世界の中のあれこれの事物が描写するあらゆるもの、若しくは、あれこれの感覚的な事象が記述する凡ゆるものは霊的な世界の中では無意味である。人が感覚によって知覚できるもの、感覚世界の中で用いられる理解力によって証明できるものは霊的世界の中には存在しないのである。霊的世界への参入に際しては、感覚的な表象を適用可能な一切のものを置き去りにしなければならない。尤も(もっとも)、人が感覚的な事象や経過に対応しないような仕方で感覚世界の中で形成した表象は霊的な世界に参入するときにも魂の中に現存する。但し、当然のことながら誤って形成されたような表象も含まれているかも知れない。霊的な世界への参入に際して、これらの表象が意識の中に存在する場合には、それらが不適切なものであることがそれら自身の存在によって証明される。それらの表象は、魂がその誤った表象を正しいものに置き換えるために、感覚世界あるいは元素的な世界に戻ろうとする衝動を魂に刻印するように働く。けれども、霊的な世界の中で魂が正しい表象へと齎すものに向けては、その世界で縁のあるものが接近を試みる。魂が霊的な世界の中で感じるのは、その内的な存在全体が思考だけから成り立っているような存在たちがいるということである。これらの存在たちが有しているのは思考体とでも呼べるような体である。それは丁度、人間が感覚世界の中で自立性を体験するように、この思考体の中で自立性を体験する。
 霊的な世界の存在たちについての印象を獲得するために魂的生活を強化するためには、人間が取得する表象についての感情に浸透された思考が適している。元素的な世界における変容能力のために発達させられるべき献身の感情が高揚することで、人がそれへと変容すべき他者がこの献身の中で単に共感あるいは反感を感じさせられるだけではなく、献身する魂の中にその独自性をもって復活することができるとき、霊的な世界のための知覚能力が生じる。そのとき、ある霊的な存在はこのような仕方で、別の存在は、将又別の仕方でいわば魂に語りかけるのである。そのことから、思考言語による霊的な交流が始まる。人は思考を体験するのであるが、思考の中で存在を体験しているのを知っている。思考の中で自己表現するだけではなく、その独自性をもって思考の中に存在するものの中に生きるということは、魂によって霊的な世界に生きるということを意味している。魂が元素的な世界の存在たちに対して抱く感情とは、これらの存在たちは自分の中に射し込んでくる世界思考を有しており、彼らは彼らの中に射し込んでくるこれらの世界思考に従って自らを意志するというものである。人間が感覚世界の中ではじめて達成するようなことを達成するために、元素的な世界にまで下りてくる必要がなく、既に霊的な世界でこの存在段階を達成している存在たちに対して人間の魂が抱く感情とは、これらの存在たちは完全に思考素材から成り立っている、世界思考は彼らの中に流れ込んでくるのではなく、その存在たち自身が、その独自性をもって、この思考の織物の中に生きているというものである。彼らは世界思考が自分の中で生き生きと思考するのに任せる。彼らの生活は世界思考が語ることを知覚することの中で営まれる。そして、彼らの意志は思考を表現へともたらすことができることの中に存する。そして、彼らのこのような思考のあり方は本質的に世界に遡及する。存在であるところの思考が、やはり存在であるところの別の思考と会話するのである。
 人間の思考生活はこれらの霊的な思考存在の生活の鏡像である。人間の魂は、感覚世界において物理的な存在の中に織り込まれているように、死と再誕の間の時期には、この思考存在生活の中に織り込まれる。魂の思考期間存在は、その魂が受胎若しくは誕生を通して感覚的な存在へと歩み入るとき、この魂の運命を設計し、それに霊感を与えるように働く。人間の運命の中で働いているのは、魂の現在の地上生に先行する霊的世界の地上の生から残された純粋な思考生命存在が世界の中で働くようになったものである。



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最終更新日  2023年06月04日 06時10分06秒
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