Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2023年09月21日
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カテゴリ: 霊魂論
「霊的世界の入口/DIE SCHWELLE DER GEISTIGEN WELT」
8:感覚世界と超感覚的な世界の境界について
 様々な世界の間の関係を知るには、ある世界においてその世界の秩序に「適う」働きを展開すべき力が、それ以外の世界で展開するならば、その世界秩序に「反する」方向を取る可能性があるということを考えに入れる必要がある。人間のエーテル体の中に二つの相反する力、他の存在への変容能力と強い自我感情が存在するというのは人間の本質にとって必要不可欠なことである。人間の魂のこれらの力は、感覚存在としての魂が抑制されることがなければ、発展へと齎される可能性はない。元素的な世界においては、ちょうど、感覚世界において、睡眠と覚醒が人間の生活を可能とするように、それらの力が相互補償されることによって人間の存在が可能となるのである。そのような二つの力の関係はお互いを打ち消し合うようなものでは決してなく、両方が発展しつつ、お互いにバランスを取るように働かなければならない。さて、自我感情と変容能力が今述べたような仕方で互いに働くことができるのは元素的な世界においてのみである。感覚世界においては、両方の力の相互関係と協働の中から生じるものだけが世界秩序の意味で作用することができる。もし、エーテル体の中にあるべき段階の変容能力が感覚存在の中にまで働きかけたとしたら、その人は、魂的には、彼の肉体からして何か自分ではないものとして自分を感じるだろう。肉体は感覚世界の中で人間にしっかりとした刻印を押すが、それによって、彼は一人の特別な人間存在としてこの世界の中に存立する。彼はそのエーテル体によって元素的な世界の中に存立するわけではない。彼がこの世界の中で完全な意味において人間であるためには、様々な形態を取ることができなければならない。もし、それができなければ、元素的な世界の中で完全な孤独に陥る。すなわち、自分自身の他には何も知ることができず、いかなる存在や事象とも疎遠であると感じる。これはしかし、この世界にとっては、そのような人間に相応しい存在や事象が存在しないことと同様である。しかし、もし、人間の魂が元素的な世界では不可欠な変容能力を感覚界で発展させるようなことがあれば、その魂は個人としての実体を失うだろう。そのような魂は自分自身と矛盾した生き方をすることになる。物理世界にとっての変容能力は魂の奥底に安らぐ力でなければならない。それは魂にその基本的な気分を付与するが、感覚世界においては発展することのない力である。超感覚的な意識は変容能力を習得しなければならない。もし、それができなければ、元素的な世界においては何も観察することができなくなる。そのようにして、超感覚的な意識は元素的な世界において自己認識する限りにおいてのみ用いられるべき能力、そして、それは感覚世界に戻るや否や抑制されるべきものであるが、そのような能力を自分のものとする。超感覚的な意識は両方の世界の「境界」に絶えず注意を払わなければならない。超感覚的世界に適う能力は感覚世界の中では作動すべきではない。魂が感覚世界において自己認識するとき、そのエーテル体の変容能力が作動し続けるようであれば、感覚世界の中に対応する実体のない表象で日常的な意識が満たされ、その魂の表象生活は混乱に陥るだろう。各世界の間の「境界」に注意することは超感覚的な意識の正常な働きにとって不可欠の要件である。超感覚的な意識に到達しようとする者はいかなる妨害も超感覚的な世界の認識を通して日常的な意識に入り込ませないように注意しなければならない。人は「入口の守護者」について学ぶことで、いかにそれが魂とともに感覚世界の中に立っているか、魂がいかに力強く、超感覚的な世界の力や技能から作用すべきでないものを感覚的・物理的な意識から追いやるかを知るようになる。「入口の守護者」によって仲介される自己認識なしに超感覚的世界に参入するならば、人はこの世界の体験によって圧倒されるだろう。この体験は幻覚的な表象として物理的・感覚的な意識に押し入ってくるかも知れない。そのとき、それらは感覚的知覚の特徴を帯びており、その結果、魂はそれらを現実のものとして捉えるが、実際にはそうではない。正しく発達した霊視は元素的世界の表象を、物理的・感覚的意識が感覚世界の体験を現実のものとして捉えなければならないのと同じような意味で、現実のものとして捉えることは決してない。元素的な世界の表象は、魂の変容能力によってはじめて、対応する現実に正しく関係づけられるのである。エーテル体に不可欠な第2の力、強い自我感情もまた、元素的な世界に適った仕方で、感覚世界における魂的生活の中に突出すべきではない。もし、そうなった場合、それがエゴイズムと結びついている限りにおいて、感覚世界における不道徳な傾向の原因となる。霊学による世界観察は人間の行いにおける「悪」の源泉をこの点に見出す。もし、人が悪の源泉ともなるその力なしでもこの世界秩序が存立し得ると信じるなら、それは世界秩序というものを誤解していると言える。もし、これらの力を利用できなければ、人間のエーテル存在は元素的な世界の中で発展することはできなかった筈である。元素的な世界の中だけで作用するならば、これらの力は完全に善い力なのである。それらが悪を齎すのは、人と元素的な世界との関係を魂の奥底から規定するのではなく、感覚世界における魂の体験の中に据えられることで、エゴイズム(利己主義/egoism)の衝動へと変化するときである。その場合、それらの力は愛の能力に対抗して働き、不道徳な行為の源泉となる。強い自我感情がエーテル体から肉体の中に移行すると、エゴイズを強める原因となるばかりでなく、エーテル体を「弱める」原因ともなる。超感覚的な意識は、超感覚的な世界への参入に不可欠な自我感情が弱まれば弱まる程、感覚世界の体験の中で、エゴイズムがますます強まることを見出すに違いない。エゴイズムは人を強くするのではなく、その魂の奥底から、弱くするのである。そして、人間が死の門を通るとき、誕生から死までの間の人生で展開されたエゴイズムは、超感覚的な世界での体験に向けて、魂を弱める方向で働く。



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最終更新日  2023年09月21日 06時10分06秒
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