Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2023年10月12日
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カテゴリ: 霊魂論
「キリスト存在について」Ⅶ
デュッセルドルフ 1909年4月18日夜
記:ミカエル(Michael)
*ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の天使の名。旧約聖書ではイスラエルの守護天使とされ(ダニエル書)、新約聖書ではサタンとの闘いを指揮する(ヨハネの黙示録)。西洋美術ではガブリエルと並んで、最も多く登場する天使であるが、啓示の天使ガブリエルとは異なり、その役割から,武装した青年の姿をとって描かれることが多い。初期キリスト教美術や中世美術の作品では、左手に盾を持ち、竜の姿をしたサタンを槍で突こうとする図像が多く見られる(ライプチヒ工芸美術館所蔵の象牙板浮彫/9世紀)。出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版
*ユダヤ教,キリスト教,イスラム教の大天使。「誰が神のごとくあろうか」の意。イスラエルの守護者(ダニエル書10)で、天使の大軍を率いてサタンと戦った。美術では若い男性として表され,祝日は9月29日。出典 百科事典マイペディア 「ミカエル」の意味・わかりやすい解説
 天上の戦いの図は様々な形で私たちの魂の前に提示されます。それはまずミカエルと龍の間の戦いとして表現されているのが見いだされますが、ミトラ教の雄牛の図の中にも非常に明白に表現されているのが分かります。けれども、それらは、これらの天使存在たちは自らの義務を放棄したということを云うために表現されたのではありません。それらによって意図されていたのは、未来のための理想を描くということです。そこで云われていたのは次のようなことです。これらの存在たちはむしろ精神的な世界に上昇することを好んだが、「お前たちは妨害的な力たちに従った別の存在たちと共に下降した。今、お前たちが取り入れたものに働きかけ、それを精神的な世界へと運び上げるかどうかはお前たちにかかっている。上方に向かう道上で、お前たちはミカエルの行動や雄牛の征服者になるように求められる。」この種の象徴はこのような二重の意味で説明されなければなりません。ですから、お分かりのように、人類が自分自身の力でその目的を達成する可能性、それはセラフィームでさえ彼ら自身の努力によっては達成することができない何かです。それを与えられたのは運動霊たちが反抗命令を受け取ったからに他なりません。最も重要なのはこの事実です。セラフィーム、ケルビーム、トローネたちには神によって彼らに与えられた直接的な衝動に従う以外のことはできません。主天使たち、実際には、第二ヒエラルキア全体も同様です。ただ運動霊の位階に属するものの一部が反抗する命令を受けただけです。彼らが発展の道筋を横切るように身を投げ出したときにも、彼らには神の命令に従う以外のことはできなかったのです。「悪の源泉」とでも呼べるようなものを引き起こすときでさえ、彼らはただ神の意志を遂行したにすぎません。自らを悪の僕とすることによって、これらの運動霊たちは、悪という回り道によって、善を強化しようとした神の意志を達成したのです。さて、能天使あるいは形態霊と呼ばれる存在たちにまで下ってみましょう。彼らも同様に自ら邪悪になることはできませんでしたが、このことは人格霊(アルカイ)や火の霊(大天使)にも当てはまります。と申しますのも、後者が太陽の上で人間の段階を通過していたときには、運動霊たちはまだ反抗命令を受けておらず、まだ、悪になるといういかなる可能性も存在していなかったからです。この、悪になるという可能性を最初に有したのは天使たちですが、それは、この可能性が存在するようになったのはただ月の進化段階以降であったということによります。「天上の戦い」は太陽から月への移行期に起こりました。多くの天使たちがこの可能性、障害を導入することを運命づけられた力にいわばそそのかされるということを拒否しました。彼らは以前の本性に対して真実でありつづけました。このように、天使に至るまで、そして天使の一部もまたそうなのですが、より高次のヒエラルキア存在たちには神的な意志に従う以外のことはできないのです。これが最も重要なことです。ですから、二種類の存在たちがいるということが云えます。第一に、運動霊たちが「天上の戦い」の間に生じさせていたものの中に自らを投げ入れたあの天使たちがいます。これらの存在たちは、彼らの後の行いによって、ルシファー的な存在と呼ばれます。彼らは地球進化の間に人間のアストラル体に働きかけるようになり、悪の可能性を導入しましたが、同時に、自分自身の自由な活動を通して、自ら発達する可能性を導入したのです。ですから、ヒエラルキアの位階全体を通して、私たちが自由の可能性を見いだせるのは、天使の一部と人間の中においてだけなのです。自由の可能性は天使の位階において始まりますが、それが十分に発達させられるのはただ人類においてだけです。人類が地球へと降ってきたとき、人間たちは最初、ルシファーの大群による圧倒的な力の餌食にならざるを得ませんでした。これらの大群がその力によって人間のアストラル体に浸透した結果、自我はその力の領域の中に絡め取られました。レムリア期とアトランティス期の間、そして、その後の時代においても、自我がルシファー的な影響によって生じた雲の中に包み込まれているのが分かります。人間がこのような弱体化させるような力によって圧倒されることから守られたのは、以前の存在たち、上方に留まった天使や大天使が人間に影響を及ぼし、人類を指導するために選ばれた人物たちに受肉したからに他なりません。このことはある重要な出来事が起こった時まで続きました。以前にはいつも太陽存在と結びついていたある存在が、より高次の存在たちがかつてそうであったように人間の肉体、エーテル体、そしてアストラル体に浸透できるだけではなく、その自我に至るまで人間に浸透できるほどに進歩したのです。



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最終更新日  2023年10月13日 10時15分54秒
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