Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2023年11月10日
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カテゴリ: 霊魂論
真相から見た宇宙の進化
第4講 月期における地球の内的側面-Ⅴ
ベルリン 1911年11月21日  
 運動霊が動きと変化を宇宙に導入したことで、何か別のものがそれとともにやって来ました。私たちが進化の中に、つまり、運動霊、人格霊、叡智霊、意志霊等々の形で進化する全宇宙の多様性の中に見てきたのは、空気や気体の精神的な基礎を形成するように放射する叡智に向かって流れる与える徳の形態の中には、物質性もまた存在しているということでした。これは、今や憧れへと変容した意志とともに流れ、そして、これらの存在の中で、人間が「像」として知っているところのものになります。然し乍ら、それはまだ思考としては知られていません。これは私たちが夢を見るときに持つイメージによって最もよく視覚化することされ得ます。流動的で過ぎ去る夢の像は、その中に意志が憧れとして生きている存在、運動霊によって他の存在との関連へと齎される存在、そのような存在の中で生じるもののイメージを呼び起こすことができます。ある存在が別の存在の前に立たされるとき、前者が後者に完全に帰依することは不可能ですが、それはその存在の中に自分自身の自我性が生きているからです。けれども、その問題の存在は別の存在の過ぎ去る像、夢の像のようにその中に生きている像ですが、それを受け取ることができます。こうして、イメージの潮流とでも呼べるようなものが魂の中に生じます。言い換えれば、この進化期の間に、像の意識(形象意識)が存在するようになったのです。そして、私たち人間は、現在の 地上的な自我意識なしにこの進化期を通過したことから、私たちは私たち自身を、今日(こんにち)、私たちの自我を通して私たちが達成するところのものを欠いていたものとして想像しなければなりません。当時、私たちは統合的な宇宙の中に存在し、織り込まれていたのですが、一方で、私たちの憧れの経験に比較できるような何かが私たちの中に生きていたのです。ある意味、苦しみとは地球上に現れる苦しみの条件を度外視すれば、詩人が述べているように「憧れを知る者だけが私の苦しみを知る」というようなものに他ならないと想像することができるでしょう。魂の表現としての苦しみや痛みが私たちの本性の中に、そして、私たちの進化に結びついた他の存在たちの本性の中に入り込んで来たのは、「月」の進化期 においてでした。それ以降は、そうでなければ空虚であった筈の内的な自我が、それは憧れに苛(さいな)まれる内的な自我として治癒的な慰めに満たされることになったのですが、その内的な自我は運動霊の活動を通してこれらの本性たちの中に注ぎ込まれた像の意識の形でなされました。もし、このことが生じなかったとしたら、これらの「月」存在たちは、それは「月」の本性たちですが、その魂の中に 憧れ以外のものは何も存在しない空虚な存在となったことでしょう。けれども、像という慰めが、その孤独と空虚の中に滴り落ち、多様性で満たし、存在たちを追放と非難から解放するのです。



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最終更新日  2023年11月10日 06時10分07秒
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