Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2023年11月09日
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カテゴリ: 霊魂論
真相から見た宇宙の進化
第4講 月期における地球の内的側面-Ⅳ
ベルリン 1911年11月21日 
 供儀を許された存在について想像してみましょう。この存在は別の存在の中に生き、その中に永久に生きるのです。供儀を許されなかった存在はそれ自身の存在の中に生きることができるだけです。ですから、そのような存在は、彼あるいは彼女が他の存在の中で、この場合、より高次の存在ですが、経験できた筈のものすべてから排除されるのです。そのときには、実際、その問題の存在たちは、進化の過程から排除され、一面性へと突き落とされ、消えてしまうでしょう。もし、その一面(一致)性を取り除くために進化の過程に介入しようとするような何かが生じなかったとしたら、この「何か」とは面性一致の宣告と追放を阻止する新しい存在たちですが、その「何か」の介入の結果が生じません。ちょうど、「土星」上における意志存在や、「太陽」上における叡智存在の場合のように、「月」上では運動霊が現れて来るのが見られるのです。私たちは「動き」という言葉によって、空間中での動きをイメージするのではありません、そうではなく、より思考過程に関連した何かに言及するのです。「思考の動き」という表現は正にその人自身の思考の流れや流動性を表しており、その表現は誰でも知っていますが、この表現からだけでも、もし、動きを包括的に把握しようとするのであれば、動きは空間中における単なる位置の変化、それは動きのひとつの側面に過ぎませんが、以上の何かであるということを理解しなければならないということが分かります。より高次の存在に対して、多数の人間たちが自らを捧げるならば、それらの人間たちは、 そのときの存在はその人間たちの中にあるすべてを表現することになりますが、それは、その存在が犠牲として差し出されたものすべてを受け入れているからですが、そのひとつの存在の中に生き、その中で充足します。しかし、彼らの犠牲が拒絶されたとすれば、これらの人間たちは 彼ら自身の中で生きざるを得ず、決して充足することができなくなります。そうなったとき、運動霊がやって来て、そうでなければ自分自身に頼らなければならなかった筈の存在たちを、他のすべての存在との関係へと導くのです。運動霊を単に位置の変化を生じさせる存在として考えるべきではありません。そうではなく、彼らはある存在を絶えず別の存在との新しい関係に導くような何かを生じさせる存在なのです。私たちはここでも、魂の対応する雰囲気を考察することによって、宇宙進化のこの段階で達成されたものについての考えを形成することができます。憧れが停止させられ行き詰まったとき、そして、いかなる種類の変化も経験することができなくなったとき、それがいかに苦痛に満ちたものであるかを知らない人がいるでしょうか。人はそれによって耐え難い状態、私たちが退屈と呼ぶところの状態に陥ります。私たちは通常、退屈というものを表面的な人々にのみ帰属させますが、それにはあらゆる段階があります。偉大で高貴な本性の中にも、外的な世界の中では満足させることができないような憧れとして、それらの本性自身の本質が表現するところのものが生きているのですが、退屈の中には、そのような本性に影響を及ぼすようなレベルの退屈もあるのです。そして、この憧れを満足させる方法として変化以上に良いものがあるでしょうか。それは、この憧れを感じる存在たちが絶えず新しい存在たちとの関係を求め続けていることからも分かります。憧れの耐え難い苦しみは、絶えず変化する新しい存在たちの 集団との関係によってしばしば克服への成果を齎すのです。こうして、私たちは「地球」がその「月の相」状態を通過する間、運動霊が、そうでなければ荒廃状態に陥った筈の憧れに満たされた存在たちが、退屈とは一種の荒廃であるからですが、その生活の中に、変化、動き、新しい存在たちや状況との絶えず更新される関係を齎すところを見ことになります。ある場所から別の場所への空間中での移動というのは、私たちがお話ししている動きに関する幅広いスペクトルの内のひとつの側面に過ぎません。私たちが別の種類の動きを経験するのは、朝起きたとき、魂の中にある一定の思考内容を自分の中だけに留めず、誰か別の人に話すときです。こうして、私たちは、多様性、変化、そして私たちが経験するものの中における動きを通して、私たちの憧れの中にある一面性を克服します。外的な空間中に存在しているのは変化に対するある特殊な能力に過ぎないのです。太陽に面している惑星について考えてみましょう。もし、その惑星が、太陽 との関係で、いつも同じ位置にあるとしたら、もし、それが全く動かないとしたら、それは一面性の中に固定されてしまうでしょう。その惑星はいつも同じ面を太陽に向けることになります。しか し、そのとき、運動霊がやって来て、その惑星が太陽の周りを回転するように導き、その位置に変化をもたらします。位置の変化は、変化の一種に過ぎません。そして、運動霊が宇宙における位置の変化を生じさせるとき、彼らは動きという一般的な現象の中の特別な例を生じさせているのです。



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最終更新日  2023年11月09日 06時11分38秒
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