Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2023年11月26日
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カテゴリ: 霊魂論
内的霊的衝動の写しとしての美術史
第1講 ドルナハ  1916年10月8日-XIV
第15:修道女たちによるアッシジのフランチェスコ追悼・第16  聖フランチェスコの葬儀
 この最後のふたつの絵(第15:修道女たちによるアッシジのフランチェスコ追悼 第16:聖フランチェスコの葬儀)をよく見てみましょう。ここに含まれている親密さから、私たちはすぐさま、アッシジのフランチェスコの生涯のよく知られた事実、つまり彼は長くかかって自然に向けた歌を形作ったという事実を思い出すでしょう。自然に向けた歌のなかで、偉大な美しい讃歌のなかで、アッシジのフランチェスコはいたるところで彼の兄弟姉妹たちについて語ります。姉妹たる太陽、月、ほかの星々、地球の生きものについてです。愛に満ち現実に即した帰依(realistisch)、魂的で現実に即した帰依のうちに自然とともに彼が感じた術(すべ)は、驚くべきしかたでこの讃歌のなかにまとめ上げられています。地球自然との、そして地球自然のなかに生きているものとの、この直接の結びつきは、とりわけひとつの事実のなかに見事(みごと)に表現されていす、つまり、最後の詩節は、アッシジのフランチェスコの生涯の最後の日々に生み出され、そしてこの最後の詩節は「兄弟たる死」に向けられていたという事実です。アッシジのフランチェスコは、彼自身が死の床に横たわっている瞬間に、兄弟たる死を歌うことができたのだということがわかります。その瞬間、彼は兄弟たちに、彼を囲んで死という友について歌ってくれるよう促しました、彼を受け入れることになっている世界へと昇って行くのを感じた時にです。アッシジのフランチェスコが、彼を世界に結びつけたものすべてを、現実に即した体験のみから、現にある体験のみから、いかに直接感じ取ろう、再現しようと欲し、且つ再現できたか、これは、彼がほかのすべてをそれ以前に歌い上げ、自身が死に近づいたときになって初めて死を歌ったという事実に、このように見事に示されています。彼が口述した最後のものは、兄弟たる死に向けられたこの偉大な生の讃歌のこの最後の詩節です。自己自身を拠り所として立った人間が、いかにキリストを人間の生に結びついたものと考えるかという詩節なのです。私が思いますに、このような絵から見出される以上に見事になされ、同時にアッシジのフランチェスコによって放射されてくる人間の生の観照、以前の時代のそれとはまったく異なるものとなった観照とも結びついて、このことが見出され得ることはありません、ジオットがアッシジのフランチェスコそのひとと同じ把握力のアウラ(Auffassungs-Aura)のなかに生きていることを直接見ることができるとでも申し上げたい。この絵から見出される以上を知りません。



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最終更新日  2023年11月26日 06時10分27秒
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