Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2024年06月16日
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カテゴリ: 霊魂論
ルドルフ・シュタイナー
ゲーテの自然科学論序説並びに精神科学(人智学)の基礎(GA1)
第16章 思索家、そして研究者としてのゲーテ 佐々木義之訳 1-6
4.ゲーテの色彩論の体系
 ゲーテが生きていたのは、それがそれ自身の中にその充足を見出すような絶対的な知識に向けて普遍的で力強い努力がなされていた時代、認識に対するあらゆるアプローチを探求し、最も重要な問いに対する答えを発見するために、より深い洞察を再び熱心に求めていた時代でした。東方の神智学、プラトンとアリストテレスの時代、そして、デカルトとスピノザの時代は同様の内的深化の時期でした。ゲーテは、カント、フィヒテ、シェリング、そしてヘーゲル抜きには考えられません。これらの人々はすべて奥深い観点、高みへと引き上げられた彼らの目を共有していたのですが、ゲーテ自身の思索は身近な現実の出来事にその焦点が当てられていました。



 とはいえ、彼の注意深い眼差しの中にはその奥深さの幾ばくかが見られるのですが、彼がこのより奥深い洞察を行使したのはその自然観察においてでした。彼の自然観察はその時代の精神によって内的な生命の色合いを与えられました。そして、これは細部についての彼の観察に力を与えているものであり、より幅広い観点によって、それは絶えず生き生きとしたものとされます。ゲーテの科学では、いつでも中心的な重要性を有する問いに焦点が当てられるのです。私たちは、特に彼の色彩論においてこのことに気づきます。植物の変容に関する彼の随筆を別にすれば、これは唯一完全にまとめられた彼の科学的な業績です。そして、何と力強い自己充足的な体系が主題そのものの性質にしたがって考察されていることでしょうか。その内的な構造について見ていきましょう。自然という存在に根ざしたものであれば何であれ、それが現われるための前提条件が存在します。つまり、それを可能にする原因、事物がその中で自らを開示するための器官がなければなりません。「永遠かつ不死の自然法則は、たとえそれを思い描く人間が存在していなかったとしても、いつでも権力の座に留まっていたはずです。(*果たしてそうか。認識するもの無しの宇宙は安定して在るだろうか。マルチバース理論がそれに答えます。)」しかし、それらが現われることはなかったでしょう。それらは存在としてそこにあったかも知れませんが、顕現することはなかったでしょう。知覚する目がなかったとしたら、光や色についても同じことが言えます。私たちはショーペンハウアーのように、色彩はその存在を目に負っていると仮定することはできません。それでも私たちは色彩を知覚する可能性を目の中に見なければなりません。「目は色を決定づけるのではなく、それが現われる原因」となるのです。ここで色彩論が登場します。それは目を調べて、その性質を見つけなければなりません。ゲーテが「生理学的な」色彩論から仕事に取り掛かったのはそのためです。とはいえ、彼の考えはこの光学の領域で通常理解されているものとは非常に異なっています。彼は目の機能をその物理的な構造という意味で理解しようとはせず、その特徴と能力を理解するために、様々な条件下で目を観察するのです。ゲーテのプロセスはいつでも「観察」のプロセスです。例えば、目に対する光と闇の影響とは何か。それが明確なイメージに出会うときには何が起こるのか?等々です。知覚が生じるときには目の内部でどのようなプロセスが生じているのか、と問うことから始めるのではなく、むしろ、見るという「生きた」活動の中で実際に生じているものの根底に至ろうとするのです。これが彼の目的にとってさしあたり唯一重要な問いかけです。それ以外のものは、厳密に言えば、色の生理学的な理論に属しているのではなく、人間有機体の科学、あるいは一般的な生理学に属しています。ゲーテが目に興味を持つのは、それが見る限りにおいてであり、死んだ目を観察することで導かれるような視覚についてのいかなる説明にも興味が持たれることはありません。彼はここから、それを通して色彩現象が生じるところの客観的なプロセスへと進みます。ここで私たちが知っておかなければならないのは、ゲーテが客観的なプロセスについて考えるときには、仮説上の知覚不可能な物質的プロセスや動きに興味を持っていたのではなく、いつでも自らを知覚可能な世界に限定していたということです。(*実存的認証主義)
 記:現代物理科学宇宙論の二つの認識されるも、直接的観察及び認証方法が未だに見い出されないダークマターとダークエネルギーをゲーテならどうその存在を表現したでしょう。ダークマター、ダークエネルギーが何なのかは結論づけられていませんが、重力との関係からその推論が行われています。ダークマターは人間が知覚できるものに影響を及ぼす重力のようなものを持ち、ダークエネルギーは宇宙を加速度的に拡張させる斥力を持ちます。これまでの研究では、両者は異なる現象として扱われることがほとんどでしたが、オックスフォード大学の天体物理学者であるジェイミー・ファーンズ氏は新たな研究で、この2つの現象が負の質量を持つ「暗黒流体」というコンセプトの一部である可能性を示しています。
参考画:Dark fluid(暗黒流体)



 彼の「物理的な色彩論」、それは彼の研究の二次的な部分にとどまりますが、色が目とは無関係に作り出されるときの関連する条件を探求します。それでも、その興味は実際の知覚のみに留まっています。彼がそこで見るのは、プリズムやレンズ等を通して色彩がどのように現われるかということです。彼は色彩が生じるのを追っていくことで、つまり、そのようなものとしての色が対象とは無関係に生じるのを観察することでとりあえずは満足します。「化学的色彩論」の中の独立した章においてはじめてゲーテは固定されたものとしての、あるいは対象に「付着した」ものとしての色彩へと進みます。「生理学的な」色彩論は、そもそも色彩はいかにして現われるのかという疑問に答えますが、「物理的な」色彩論はそれらが現われるときの外的な条件を取り扱います。彼は今、いかにして対象の世界は「色づけられた」ものとして現われるのかという疑問に答えます。こうして、ゲーテは、現象世界の特徴としての色を観察することから、この特徴をもって現われるような現象世界そのものの探求へと進み、最終的には、「色の感覚的-道徳的な影響」の中の一章において、色彩を有する物理的な世界と人間の魂の世界との間のより高次の関係の観察へと進みます。これはきわめて厳密な、つまり、条件としての主観から世界についての満足を世界の中で見出すような主観へと立ち返るような科学の道(*ヘーゲル哲学の思惟方法 ―弁証法)です。主観から客観へと立ち返るこの道の中で、ヘーゲルの全体的な体系という構築物へと導いた時代の衝動が明らかになります。この意味で、「色彩論の概観」はゲーテの光学における主要な仕事と見られるべきものです。彼の二つの随筆、「光学への貢献」と「色彩論の要素」は序論的な研究と見ることができるでしょう。「ニュートンの理論を暴露する」は彼の仕事に対する反論的な捕捉に過ぎません。
    (第16章 4.ゲーテの色彩論の体系 了)

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最終更新日  2024年06月17日 19時14分59秒
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