Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2024年07月12日
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カテゴリ: 霊魂論


ルドルフ・シュタイナー
四つの福音書のキリスト叙述における四つの異なった視点
第1講 福音書の光に照らした人類生成の深遠な秘密(GA117)1909/11/2 ベルリン yucca訳
第1講本文Ⅵ:ヨハネ福音書およびルカ福音書についての考察に、マルコ福音書についての考察を付け加えることができれば、三つの特性を予感しつつ把握していることでしょう。そのときひとはこう言うでしょう、畏敬の念をもって私たちは御身(おんみ)に近づき、御身の思考(Denken)、感情(Fuehlen)、意志(Wollen)について、御身の魂のこれら三つの特性が地球上の最高の模範として私たちの前に高く掲げられているのを予感しますと。私たちはこのような考察をしました、ちょうど小さな規模において私たちが人間を考察し、人間は感受魂、悟性魂、意識魂から成ると云い、今度は感受魂、悟性ないし心情魂、意識魂の特徴を考察する場合のように考察したのです。私たちが意識魂という語をキリストに適用するなら、私たちは次のように言うことができるでしょう。意識魂はヨハネ福音書において私たちに予感的に理解される、心情魂はルカ福音書を通じて、その意志の力のすべてを伴う感受魂はマルコ福音書を通じて、私たちに理解されると。私たちがそれを一度考察することができれば、これは私たちに、開示されかつ隠された自然力について、私たちの世界にあり、キリストというただひとりの個性(Individualitaet)に凝集された自然力について明らかにするでしょう、それは私たちに、宇宙に存在するあらゆる力の本性について明らかにするでしょう。私たちはヨハネ福音書においては思考内容のなかに、ルカ福音書においてはこの存在の感情のなかに沈潜しましたが、このマルコ福音書の場合には人間はそれほど深くこの個性に入り込む必要はないので、この考察は単にマルコ福音書において私たちに宇宙のあらゆる隠された自然力および霊力の組織(システム)として立ち現れてくるものに対してのものとなります。このすべてはアカシャ年代記にしるされています。マルコ福音書の圧倒的な記録を私たちに作用させるなら、すべては私たちに反映されるのです。そのとき私たちは予感しつつ、キリストという単一の存在のなかに凝集されているもの、通常は宇宙という単一の存在全体に振り分けられているものを理解するでしょう。私たちは理解できるでしょう、そして、私たちがさまざまな存在たちの基本的な原理原則として知っていたものが、さらに気高い輝きと光のなかで私たちに現れるでしょう。全宇宙意志の秘密を含んだマルコ福音書を私たちに明らかにするとき、私たちは深い敬意とともに宇宙の中心点に、キリスト・イエスに近づいていくのです、キリストの思考、感情、意志を徐々に会得しながら。思考、感情、意志が相互に入り混じって作用しているのを観察すると、まるごとの人間のおおよその像(表象/Bild)が得られます。けれども私たちは、ひとりの人間の場合ですら、思考、感情、意志を分けて観察しないわけにはいきません。私たちがすべてを統合する場合、私たちの眼差しはすべてを見通すことができるためにはもはや十分ではないでしょう。この三つの特性を分けてそれぞれ別個に考察することによって私たちは課題を比較的軽減しているのですが、他方私たちがこれら三つの特性を人間の魂のなかで統合的に見ると、私たちの思い描く像は色褪せてくるでしょう。すべてを一緒に考察するには私たちの力は不十分なので、私たちが原因でそういうことになるのです、私たちが諸特性を統合すると、像は色褪せるからです。ヨハネ、ルカ、そしてマルコ福音書という三つの福音書を考察して、それによってキリスト・イエスの思考、感情、意志について予感を得たなら、これら三つの特性を再び調(Harmonie)へと導いているものを統合することができるでしょう。このときどうしてもその像はぼやけた色褪せたものになってしまわざるを得ません、人間のどんな力も、私たちによって分けられたものを十分に統合することはできないからです。と申しますのも、本質においてあるのはひとつ(統一/Einheit)であって分離(Trennug)は存在しないのです、私たちは究極においてようやくそれをひとつに統合することを許されます。けれどもそのときそれは私たちの前で色褪せたものになるでしょう。そのかわり究極において私たちの前には、初めて人間としての、地上の人間としてのキリスト・イエスとなったものが立っているでしょう。人間としてのキリスト・イエスとは何であったのか、彼は人間として地上での生存の三十三年にどのように働きかけたのか、この考察は、マタイ福音書との関連で展開することができます。マタイ福音書に含まれているものは、私たちに自らのうちで調和しているひとつの人間像を与えます。私たちがヨハネ福音書において、宇宙万有の一部である宇宙的な神人(Gottesmensch)を描写したなら、私たちがルカ福音書において、自らを犠牲として捧げる一個の愛の存在を描写しなければならなかったなら、そしてマルコ福音書においては、ひとつの個性のなかの宇宙意志を描写しなければならなかったなら、マタイ福音において私たちが得るのは、パレスティナ出身のひとりの人間、三十三年生き、私たちがほかの三つの福音書の考察によって獲得することのできたすべての統一をそのなかに持ったあの人間の真の姿です。マタイ福音書との関連では、キリスト・イエスの姿がまったく人間的に、ひとりの地上の人間として私たちに現れてきますが、ほかの考察を前提としなければこの人間を理解することはできません。このときこの地上の人間は色褪せているとしても、この色褪せた像のなかにはそれでもやはり、ほかの考察によって獲得されたものが反映しているのです。キリストの人格についての像は、マタイ福音書に関連する考察によってはじめて与えられます。このように今、以前私たちが第一の福音書を取り扱った時には別の特徴づけをせざるを得なかった事柄が示されます。今私たちは二つの福音書の考察を終えましたので、これらの福音書が内的にいかに相互に位置づけられるか、そして、いかに私たちがキリスト・イエスの像を得ることができるかを問うことができます、これはこの地上でキリスト・イエスを通じて存在するようになった人間に、私たちがそれに相応しい準備をして近づくときにのみですが。ヨハネ福音書に関連づけられる考察においては、私たちに神人が立ち現れました、そしてルカ福音書との関連では、地上においてゾロアスター教や仏教の同情(*憐憫)と愛の教えとして発展したもののなかにあらゆる方向から流れ込んだ潮流を自らのうちに統一する存在が現れてきます。私たちがルカ福音書に注目して考察をしたとき、今まであったすべてのものが私たちにたち現れてきたのです。マタイ福音書が考察されるとき、何よりも親密詳細に私たちに立ち現れてくるのは、キリスト自身の民族から、古ヘブライ民族から生じるものでしょう、つまり、その民族に根ざした人間イエス、ほかならぬ古ヘブライ民族の内部でそうあらざるを得なかった人間イエスです。そして私たちは、地球人類のために、まさにこのキリスト・イエスの血が貢献できるために、なぜ古ヘブライ民族の血がまったく特定のしかたで用いられねばならなかったかを認識するでしょう。
記;イエス・キリストは、キリスト教において神の子であり、人となった救い主として信仰の対象とされています。彼はユダヤ人で、パレスティナのベツレヘムで生まれました。しかし、絵画などで白人のヨーロッパ人男性として描かれてきたため、イエスが白人であるかのようなイメージが定着しています。イエス・キリストの名前はヘブライ語で「ヤハウェは救い」という意味で、古代ギリシャ語やラテン語では「キリストであるイエス」という意味です。彼はキリスト教を創始したとされる人物であり、キリスト教における観点とその他について述べられています。ユダヤ人の血が特定の方法で用いられた理由は、イエスが旧約聖書の預言に従って生まれたメシアであると信じられていたからです。旧約聖書には、メシアの出現についての預言が記されており、イエスの出自がユダヤ人であることは、これらの預言の成就と結びついていたのです。このように、イエス・キリストの出現は、ユダヤ人の血統と旧約聖書の預言に基づいて特定の方法で成就されたとされています。
参考画:Gottesmensch



    第1講本文Ⅵ 了

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最終更新日  2024年07月12日 06時10分06秒
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