Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2024年07月28日
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カテゴリ: 霊魂論


ルドルフ・シュタイナー
「精神科学と医学」(GA312) 第一講(本文・解説付)本文 1920年 3月21日/ドルナハ 1-3
 さて、当時もともと意味されていたことが、どんどん理解されなくなっていったと言うことができます。とりわけこのことが明白になってくるのは、私たちが17、18世紀と進んで、シュタール(☆7)(*7)医学に出会う時です。ここにいたっては、この、宇宙の地球的なのものへの作用についてはもはやまったく理解されていません。スタール医学は純粋に空気中に漂っているあらゆる可能な概念、生命力、生命霊についての概念を利用します。パラケルススとファン・ヘルモントは、人間の本来霊的・魂的なものと物質的な生体組織との間にあるものについて、まだある程度意識的に語っていましたが、一方、シュタールとその信奉者たちは、あたかも意識的ー魂的なものが別の形をとってのみ人間の身体の構造付与に働きかけるかのように語りました。このことによって彼らはむろん強い反動を呼び起こしました。なぜならこのような方法をとって、一種の仮説的な生気論(Vitalismus)を打ち立てると、結局は純粋に恣意的な提示になってしまうからです。このような提示にとりわけ対抗したのは19世紀です。例えば、エルンスト・ヘッケル(☆8)の師で1858年に亡くなったヨハネス・ミュラー(☆9)(*8)のような偉大な精神のみが、人間の生体組織に関するこういう不明確な言い方に由来するあらゆる害悪を克服してそれを越えて行ったのだと言うことができます。この不明確な言い方というのは、人間の生体組織において作用しているという生命力について、それがどのように作用しているのかはっきりと考えることなしに、もっぱら魂的な力について語るように語ってしまったことなのです。さて、こうしたことすべてが起こっている間に、全く別の流れが現れてきました。私たちは今までいわば、流れ去っていくものをその最後の余波まで追求してきたわけですが、近代とともに、とりわけ19世紀の医学上の概念形成にとって今度は別の仕方で決定的となったものが到来したのです。結局それは、18世紀の、法外に強力な決定的影響を与えた唯一の著作、パドゥアの医師モルガーニ(☆10)(*9)の「解剖所見による病気の所在とその原因について」 にさかのぼります。モルガーニとともに、根本において医学における唯物主義的な傾向を導いたものが到来したのです。こういうことは、共感、反感をまじえずにまったく客観的に特徴づけられねばなりません。と申しますのも、この著作とともに到来したものは、人間の生体組織が病んだ結果に目を向けさせるものだからです。決定的なものとなったのは、死体鑑定でした。
参照画:Corpse Appraiser


 死体鑑定が決定的なものとなったと言えるのは、実際この時代からなのです。人々は死体から、病名は何であれ、何らかの病気が作用すると、いずれかの器官が何らかの変化をこうむるにちがいないということを知りました。今や、何らかの変化を他ならぬ死体鑑定から研究するということが始まったのです。実際ここではじめて病理学的解剖学が始まります。他方、医学のなかに以前からあったものはすべて、なおも作用し続けている古代の霊視的な要素に依拠していました。さて興味深いのは、言うなれば、大きな転換がそれから一挙に最終的に起こったことです。実際直接、20世紀を示すことができるのです。興味深いことに、20世紀に大きな転換が成し遂げられ、それによって古くからの遺産としてまだ存在していたものがすべて捨て去られ、さらに現代の医学制度における原子論的・唯物論的な見解が基礎付けられたのです。ちょっと努力して、1842年に出版されたロキタンスキー(☆11)の「病理学的解剖学」を調べてごらんになれば、ロキタンスキーにおいてはまだ、古代の体液病理学の名残り、つまり病気は体液の正常でない相互作用に基づくという見解の名残りが存在していることがおわかりになるでしょう。このような体液の混合に注目せねばならないとする見解、これができるのは、体液の地球外的な特性についての見解の遺産を有している時だけなのですが、この見解はロキタンスキーによって非常に機知に富んだやり方で器官の変化の観察と結びつけて処理されました。つまり、ロキタンスキーの書物はもともと常に器官の変化の死体鑑定による観察を根拠としているのですが、これが、このような特殊な器官変化は体液の異常な混合の影響によって生じてきたのだという指摘に結びついているのです。ですから、古代の体液病理学の遺産から現れた最後のものは1842年にあったと言いたいのです。この古代の体液病理学の没落の中に、例えばハーネマン(☆12)(*10)の試みのような、包括的な病気の表象を考慮に入れるという未来指向的な試みが、いかに投入されたか、これについては後日また話していこうとおもいます。これは単に前置きで取りあげるにはあまりに重要なことですから。まずは同様な試みとの関連において、それから個々の場合において議論されねばなりません。
   「精神科学と医学」(GA312) 第一講本文 1-3了

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最終更新日  2024年07月28日 06時10分09秒
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