Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

2024年08月06日
XML
カテゴリ: 霊魂論
ルドルフ・シュタイナー
「精神科学と医学」(GA312) 第一講(本文・解説付) 8回
第1講・第8回
 骨組織から筋肉組織へと目を転じると、通常の化学的作用という点では、静止している筋肉の場合、アルカリ反応に「似た」反応を示し、それに対して活動している筋肉はわずかに酸性反応を示します。筋肉は新陳代謝によって人間の摂取したものからできているのですが、それは地上的な物質における諸力の成果だということができます。しかし、それが活動しはじめるとともに、そうした新陳代謝の支配下から脱して別の変化が現れるようになります。この変化は、人間の骨の形成に作用している力といえるものであって、それが地上的な力との合力を形成しているのだといえます。地上的な化学のなかに、地上的でない化学的作用が働いているのです。さて今ご説明したことと関連して今度は次のようなことをお話したいと思います。骨組織から筋肉組織に移ると、私たちは筋肉の本質におけるこの重要な差異を見出すわけですが、つまり、通常の化学的作用に留意するなら、静止している筋肉はアルカリ性の反応を示すということです。ただし、静止している筋肉の場合、アルカリ反応はその他の場合ほど絶対的に明確には現れないので、アルカリ性に似たと言えるだけなのですが。活動している筋肉の場合もやはりあまり明確でない酸性反応が働いています。さて考えてみてください、当然のことながら、筋肉はまずもって新陳代謝に応じて、人間が摂取したものから構成されています。つまり筋肉はいわば、地上的な物質の中に存在している諸力の成果なのです。けれども人間が活動し始めるとともに、筋肉が単に通常の新陳代謝の支配下にあることによって自らのうちに有しているものが、次第に明確に克服されます。筋肉に変化が現れるのです。この変化はつまるところ、通常の新陳代謝に応じた変化に対して、人間の骨の形成に作用している力と比較する以外にないものです。人間の場合こういう力が外から取り入れたものを越えていくように、またこういう力が地上的に貫かれて、それらと合一して合力を形成するように、筋肉のなかで新陳代謝における作用として現れるものとならんで、地上的な化学の中に化学的に作用するものにも目を向けなければならないのです。ここでは、もはや私たちが地上的なものの中には見い出せない何かが、地上的な力学、動力学の中へと作用を及ぼしていると言えるかもしれません。新陳代謝の場合、地上的な化学の中に、地上的でない化学であるもの、地上的な化学の影響下においてのみ出現可能な作用とは別の作用をもたらすものが作用を及ぼしているのです。人間の本質を見出そうとするならば、形態観察という側面と質的観察という側面の双方を出発点とする必要があります。私たちは、医学において、地上的な薬物のみを取り入れてきましたが、人間においては、地上的でないプロセスが作用しています。ですから、病んだ生体組織と物質的な地上環境との相互作用において、病気の状態から健康な状態へと導く相互作用をどうやって呼び起こすかという問いに対しては、地上的な薬物だけでは地上的でないプロセスに対して有効なものであるとはいえません。私たちが本来人間の本質にあるものを見出そうとするならば、このような、一面においては形態観察であり、他面においては質の観察であるような観察を出発点とせねばならないでしょう。ここで再び、失われてしまったものへの帰路が、病気の本質を単に形式的に定義することにとどまりたくなければ、是非とも必要なものへの帰路が開けてくることでしょう。実際形式的な定義のみでは実践においてあまり多くをてがけられないのです。なぜなら、考えてもみてください、そこには非常に重大な問題が発生するのです。私たちは根本的に、私たちの環境から、地上的な薬物のみを取り入れてきました。その薬で変化をきたした人間の生体組織に働きかけることができるのです。けれども人間においては、地上的でないプロセス、あるいは少なくともそのプロセスを地上的でないプロセスにする力が作用しています。従って次のような問いが出てくるのです。つまり、私たちが病んだ生体組織とその物質的な地球環境との間に相互関係として引き起こすもののなかに、いかにして、病気の状態から健康な状態へと導く相互作用を呼び起こすことができるのかという問いです。私たちが如何にしてこのような相互関係を引き起こすことができ得るのか、その結果、この相互関係を通じて実際に、人間の生体組織の中で活動している力に影響を及ぼすことができ得るのかということです。この力は、たとえそのプロセスが食餌療法のための指示などであったとしても、私たちがそこから薬物を選べるようなプロセスが現れているもののなかには現れてこない力なのです。 人間と動物の差に注目しなければなりません。人間には、地上的でない力が働いています。ですから、動物も植物も病気になるのだから、動物と人間を区別すべきでないという議論は取り除かれねばならないのです。動物実験から人間の治療のために何も得られないというのではないものの、人間と動物の違いに目をむけるならば、そこから得るものは少ないと言わざるをえません。その差異を明確に認識しなければなりません。医学の発達にとっての動物実験の意味も、そこで問い直されることになります。最終的に特定の治療へと導かれ得るものが、人間の本質を正しく把握することといかに密接に関わり合っているか、おわかりだと思います。そして私たちをこの問いの解決へと上昇させることができるはずの、まさに最初の要素を、私は人間と動物の差異から全く意識的に取って参りました。勿論、動物だって病気になる、場合によっては植物も病気になるではないか。最近は鉱物の病気についてすら議論されていますので、だから病気になることについては動物と人間を区別すべきではないという非難は非常に容易なのではありますが。この非難は後で取り除かれるでしょう。しかし人間の医学において前進する目的で動物の本性を単に調べることからは、長い間には医師たちは得るところが少ないということがわかってくると、この課題の差異が認められるでしょう。人間の治療のために動物実験から達成できることが若干あるのは全く確かなのですが、なぜそうなのかはいずれ判明するでしょうが、それはやはり、動物と人間の組織の間には極めて細部にいたるまでどんな根本的な差異があるかについて、徹底して明確に認識されている場合のみなのです。従って問題なのは、医学の発達にとっての動物実験の意味をそれに応じた方法でますます明確にしていくことです。
   第1講・第8回了
第1講・第9回
 地上を越えた力に関することは、人間の人格が重要になります。医学を未来に向けて発展させていくためには、医学の本質に関して直観的な能力を磨いていくことが必要なのです。病気や健康に関する個々の生体組織の本質を観ていくためには、その形態観察から推論できるような直観が求められるということです。さらに引き続き皆さんに注意していただきたいのは、このような地上を越えた力を指摘せねばならない時は、いわゆる客観的法則、客観的自然法則を常に指摘できる時よりも遥かに、人間の人格が要求されることが多いということです。むろん重要となるのは、医学の本質をずっと直観的なものへと調整すること、何らかの関係で病気であったり、健康であったりする人間の生体組織、個々の生体組織の本質を、形態の現象から推論する才能によって、形態観察のための直観が鍛えられているということが、医学の発展においてまた未来に向けて、よりいっそう大きな役割を果たさねばならないということなのです。この第一講では、通常の化学や比較解剖学では得られないような精神科学的事実の観察によって到達できるものに目を向けることが目的です。けれど、現状の物質的な薬に霊的な薬を置き換えることが重要なのではなくて、物質的な薬による治療の可能性を霊的に認識し、精神科学的な在り方による治療の可能性を広げていくということなのです。こういう事柄は、先に申しましたように、一種の前置き、方向付けのための前置きとしてのみ役立てようと思います。と申しますのも、きょうはここで、化学や通常の比較解剖学によっては到達できないもの、精神科学的な事実の観察に移行する時にのみ到達できるものに、医学は再び目を向けなければならないということを示すことが問題だったからです。このことに関して今日人々はまだ多くの錯誤に身を委ねています。医学の霊化のために物質的な薬に霊的な薬を置き換えることが重要であるはずだと考える人もいます。けれども、特定の領域で正当なことは、全体としては正しくないのです。なぜなら、とりわけ重要なことは、物質的な薬剤にどのような治療価値を置き得るのかを霊的なやり方で認識すること、すなわち物質的な薬剤の評価に精神科学を適用することだからです。つまりこれが、私が先に挙げた、人間と他の世界との関係を認識することによる治療の可能性を探すことという部分の課題となるでしょう。ここで重要なのは、個々の病気に関して、しっかりした治療プロセスを基礎づけるために、どちらも自然のプロセスである正常なプロセスと異常なプロセスとの関連について明確な見解を得るということです。 私は、これから特殊な治療プロセスについて語るべきことができるだけ基礎のしっかりしたものであるように、また個別の病気において、これもひとつの自然のプロセスにちがいないいわゆる異常なプロセスと、これもまた自然のプロセスに他ならないいわゆる正常なプロセスとの関連についてひとつの見解が得られることを、できるだけ全てが目指すようにしたいと思います。病気のプロセスもやはり自然のプロセスであるということと、そもそもどうやって折り合っていくのかとう問い、この根本的な問いが生じてくる時は、いつでも、これはいわばちょっとした付け足しとして触れておきたいことなのですが、人はいつもできる限り早くこの問題から逃げ出そうとするのです。 19世紀の前半、トロクスラーは、病気の正常さということを指摘していました。つまり、別の世界では正当な法則が、私たちの世界では病気を引き起こすかもしれないということ、その別の世界を認知しなければならない方向へと向かわねばならないことです。彼は、不明確にせよ、その点において、医学という学問の健全化を目指そうとしたのです。例えば、トロクスラーはベルンで教鞭をとっていましたが、興味深いことにすでに19世紀の前半に非常に熱心に次のようなことを指摘していました。すなわち、いわば病気の正常さということが探究されねばならないこと、それによって、ある方向へ、つまり私たちの世界と結びついていて、正当でない穴を通ってくるように私たちの世界へすべり込んでくるある種の世界を、結局は認知することに行き着くような方向へと導かれること、そしてそのことによって病気の現象に関して何らかのものに到達しうることを指摘していたのです。考えてもみてください。ここではざっと図式的に説明するだけにしておきますが、何らかの世界、つまりその世界の法則からすれば全く正当な事柄が、私たちの世界では病気の現象を引き起こすようなそういう世界が背後に存在するとしたら、その世界が私たちの世界に入り込んでくるある種の穴を通じて、別の世界においては全く正当な法則が、私たちのところでは災いを引き起こすことも可能なのです。トロクスラーはこういうことを目指して努力していました。たとえ彼の述べたことが、少なからぬ点において曖昧で不明確であったにせよ、彼が医学において、まさに医学という学問の健全化を目指す道の途上にあったことは注目に値します。しかしながら、トロクスラーのそうした学問的意義はまったく注目されませんでした。事典にさえ、そのことが記載されていないのです。私はかつて、かのトロクスラーがベルンで教えていた頃、ある友人と、トロクスラーが同僚たちの中でどのように見られていたか、また彼の提案によって何がなされたかを調べてみたことがありました。しかし、大学の歴史について多くの事柄が記されている事典の中でトロクスラーに関して発見できたことはただ、彼は大学で何度も騒動を巻き起こしたということだけでした。記載されていたのはそのことだけで、彼の学問上の意義については何ら特別なことは発見できなかったのです。
記:シュタイナーは、この第一講の最後に、あらためて、今回の講義を受けている医学者に対して、具体的な質問事項及び希望を提出するように言っているのですが、それは、この講義をより具体的で実りの多いものにしたいという願いであり、医学に精神科学的認識をより具体的な形で注ぎ込もうとする熱意だといえます。
<註釈(原注より)>
 ・トロクスラー(Iganz Paul Troxler/1780-1866)、スイスの医師、政治家、哲学者である。
著作「人間の本質へのまなざし」アアラウ、1812
「人間の認識の自然科学または形而上学」アアラウ、1828
「哲学に関する講義、人生に関する内容・教育の限界・目的及び応用に関する講義」ベルン、1835
参考画:Iganz Paul Troxler



   (第1講・9回了)
 さて、先に述べましたように、きょうはこういうことだけを指摘しておくつべることができるように、どうか明日か明後日までに皆さん全員が希望を書いて提出してくださるようお願いいたします。そうして初めて、皆さんの希望から、この連続講演に必要な形式を与えることができるのです。それが最も良いやりかただと思います。どうか実り多いものにしてくださるようお願いいたします。
   (第1講・終了)

哲学・思想ランキング





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2024年08月06日 06時10分08秒
コメント(0) | コメントを書く
[霊魂論] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

プロフィール

cap-hiro

cap-hiro

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

2026年05月
2026年04月
2026年03月
2026年02月
2026年01月
2025年12月
2025年11月
2025年10月
2025年09月
2025年08月

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: