Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2024年08月29日
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カテゴリ: 霊魂論


ルドルフ・シュタイナー
「精神科学と医学」 第四講 1920年 3月23日 ドルナハ*1998.11.21.改訳 本講:本文・解説
第四講解説 ●6
●6 人間は自らの中で光を変容させている
6.人間は自らの中で光を変容させていで、太陽光とそれを内的に変容させることとの均衡が崩れることで
人間は結核菌に適した土壌となる
 私たちは、光に囲まれて在りますが、その光を取り入れるにあたってそれを変容させています。植物化プロセスが人間のなかで阻止されるように、光も人間のなかで変化させられているのです。病原菌、結核菌は、太陽光の下ではすぐに殺されてしまうのですが、人間の体内にいるときは、よく生存するというのもその証明になっています。しかし、その菌が人間の内部で増えすぎるときには、そこになんらかの異常があるのだといえます。菌は常に存在しているのですが、なんらかの状態において、増殖していくわけです。けれどもここでも、事実を正しく評価し始めた人にとっては、このことは非常に大きな意味を持っています。なぜなら、このことは私たちに、結核の動物相ないし植物相に属するもの、つまり病原菌は太陽光のもとでは自らを維持できない、ということを示しているからです。病原菌は太陽光のもとでは自らを維持できません。太陽光は病原菌には都合が悪いのです。病原菌が自らを維持できるのはどういうときでしょうか。人間の体内にいるときです。それではなぜ、人間の体内でなら自らを維持できるのでしょうか。病原菌を本来的に害をなすものであるかのように見るのではなく、体内で活動しているもの、これこそが探究されねばならないものなのです。けれどもこのとき注意を払われていないものがあるのです。私たちは絶えず光に囲まれています。この光はおそらく皆さんが自然科学から記憶しておられるように人間の外部の生物の発育にとってきわめて大きな意味を持っています。とりわけ人間の外部の植物相全体の発育にとってきわめて大きな意味を持っています。私たちはこの光に囲まれているのです。しかし、私たちと外界との境目において、この光に、つまり純粋にエーテル的なものに、非常に重要なことが起こっています。つまり光が変化させられているのです。光は変化させられねばならないのです。よろしいでしょうか、ちょうど植物化プロセスが人間によって阻止されるように、この植物化プロセスがいわば中断され、炭酸の発生というプロセスによって植物化に抗する働きかけがなされるように、ちょうどそのように、光生命のなかにあるものも、人間によって中断されるのです。したがって私たちが人間のなかの光を探究すると、それはなにか別のもの、つまり光が変容したものであるにちがいありません。私たちが人間の境界を内に向かって越える瞬間に、光の変容が見出せます。すなわち、人間は自らのなかで、単に通常の外的な計測しうる自然現象を変化させているのみならず、計測できないもの、つまり光をも変化させているのです。人間は光を別のものに変えるのです。太陽光のもとではすぐに死んでしまう結核菌が、人間の内部ではよく生存するということは、次のような事実を、それが正しく評価されればですが、端的に証明するものです。その事実とは、人間の内部に生じてくるこの光の変容の産物、すでにこのなかに結核菌の生命元素があるということ、すなわち、結核菌が内部で増えすぎるときは、この変化した光の状態になんらかの異常があるにちがいないということです。さらに皆さんはそこから出発して、結核の原因のなかには、人間のなかで、この変化させられた光、この光の変容に関して、本来起こるべきでない何かが起こっているということもあるにちがいない、何と言っても結核菌はいつも存在しているけれども、人間は通常、結核菌をたくさん取り込みすぎることはないのだから、という事実を理解されるでしょう。実際結核菌はいつもいるのです。ただ通常は十分な数ではないというだけで、人間が結核に屈服するとおびただしく増えるのです。この変容させられた太陽光の発達に関連した何らかの異常がない限り、ふつう結核菌がどこにでも見つかるというわけではないのです。人間は、変容させた光を自らの内に蓄えています。しかし、人間が太陽光を十分に取り入れることができないか、取り入れる太陽光と太陽光を変容させることとの均衡が崩れるかすると、その蓄えられた光を引き出さざるをえなくなります。そのようにして、人間が結核菌に適した土壌になるとき、菌は増殖していきます。変容させられた光が肉体から奪われていくことで、「上部」が病気になるか、「上部」にとって必要なものを「下部」から引き出し、「下部」が病気になるかするのです。
記:最近また結核が流行っているということですが、今回の結核はこれまでに効いたといわれている薬が効かないのだそうです。シュタイナーのこうした考え方に照らせば、変容された光が肉体から奪われ、人間が結核菌に適した土壌になってきているということなのかもしれません。
 さて、またもや、この分野の学位論文や私講師論文の大多数から次のようなことを引き出すのは、私がここで観点としてしか与えることのできないもののための経験的な素材は、このようなやりかたでのみ皆さんのところに集まってくるでしょう。つまり、人間が結核菌に適した土壌となる場合に起こってくることというのは、人間が太陽光を十分取り入れることができないか、あるいはその人の生活習慣のために十分太陽光を得ていないために、その人のなかに入ってきた太陽光と、太陽光を変容させて加工することとの間の均衡がくずれ、その人はずっと自分のなかに備蓄していた変容させた光から、貯えを引き出さざるを得ないということです皆さんにぜひとも考慮に入れておいていただきたいことは、人間はまさに人間であることによって、変容させた光を絶えず自らのうちに貯えて持っているということです。これは人間の生体組織にとって必要なのです。人間と外界の太陽光との間の相互プロセスが正しく実現されないと、このような影響下にあっては、ちょうど痩せていく場合に自分のために必要な脂肪が肉体から取り去られるように、変容された光が肉体から奪われるのです。そしてこういう場合人間は、上部を病ませるか、あるいは上部にとって必要なものを下部から引き出す、すなわち変容させた光を下部から取り出して下部を病ませるかというジレンマの前に立たされているわけです。このように、人間は、太陽光とそれを取り入れ変容させたものを必要としていますが、こうしたことから、治療の可能性を導き出すことができます。太陽光との相互プロセスを秩序あるものにするために太陽光にさらすことや変容させられた光が取り出されるプロセスを薬の作用によって弱めるといったことです。このことからおわかりだと思いますが、人間はとりもなおさずその生体組織のために、外部から入ってきて変化させられた計量可能な実質を必要としているだけではなく、人間を正しく観察すれば指摘できることですが、人間のなかには、変容したかたちではあっても、計量できない実質、エーテル的な実質も存在しているのです。しかしこのことから看取していただきたいのは、このような原理を通じて、太陽光の治癒的な作用のための正しい見解を打ち立てる可能性をいかに生み出していくかということです。たとえば、一面においては、周囲の太陽光との相互プロセスが秩序を失っているのを再び秩序づけるために直接その人を太陽光にさらすことによって、あるいは他面においては、変容させられた光が奪われる際に不規則になったものを調整するような実質に、その人を内的にさらすことによって、治療を行うことができます。薬の作用によって、変容させられた光が奪われる状況をなくしていかなければならないのです。ここで皆さんは人間の生体組織をのぞきこむことができます。
参考図:rosarium-philosophorum



   (第四講解説●6 了)

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最終更新日  2024年08月29日 06時17分33秒
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