Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2024年09月14日
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カテゴリ: 霊魂論
ルドルフ・シュタイナー
「精神科学と医学」第五講 本文・解説 1920年 3月25日 ドルナハ
第五講●解説 テーマ5.鉱物的なもののなかの類型について
 燐的なもの、塩的なもの、水銀的なも塩的なものは、その光やその他の計測できないものを内的なものとして所有しないように自ら突き放す作用を持つ。燐的なものは、計測できないものを内面化し、アストラル体と自我が正しく人間に接近できないとき、それらを人間に押し戻す塩的なものと燐的なものは対極的に相対して、この両者の働きの間で平衡をもたらすものに関わっているのが水銀的なものである。ここでは、鉱物的なもののなかの類型である燐的なもの、塩的なもの、水銀的なものについて述べられます。塩分を強く欲する人は、自我とアストラル体が物質体、エーテル体と強く結びついているので、その働きから自由になろうとしている。そしてそうした人は、その生体組織のなかで「塩の沈殿プロセス」を逆行させようとしている、つまり「地球形成プロセスに抵抗」し、「下部の人間を霊的・魂的なものから自由に」しようとしているのだということがテーマ3で述べられ、テーマ4では、炭酸石灰は、強すぎる霊的・魂的活動を生体組織から引き出していく働きを持っているということが述べられていました。ここでは炭酸石灰の働きに見られるような「塩的なもの」と対極にあるのが「燐的なもの」であり、その両者の働きの平衡をもたらす働きを持っているのが「水銀的なもの」であるということが述べられています。「塩的なもの」は、「光やその他の計測できなもの」を内的に所有しないように自らから突き放すのに対して、「燐的なもの」は、逆に、「光やその他の計測できなもの」、「熱」などを内面化して、自らの内的特性にするような働きを持っています。霊的・魂的なものと物質的・肉体的なものとの関係、つまりアストラル体と自我がエーテル体と肉体との関係でいえば、「塩的なもの」は、自我とアストラル体が物質体、エーテル体との強い結びつきを自由にする働きを持つのに対して、「燐的なもの」は、その逆に、自我とアストラル体を物質体、エーテル体へと引き戻す働きがあります。ですから、アストラル体が物質体から離れて独自の活動をする傾向にあるがゆえに頻繁に夢に悩まされている場合や、アストラル体が物質体がきちんと肉体のなかに位置づけられていないがゆえに、器官の周辺部分で炎症を起こす傾向がある場合など、この「燐的なもの」の働きを使用することができるわけです。
 さて、炭酸石灰の力のなかにあるものに対して、その対極のように相対しているのはつまり、たとえば燐の力のなかにあるすべてのものです。私の用いる表現は事実その真の意味において、今日しばしば科学として通用しているものより非科学的であるなどということはないのですが、塩性のものがすべていわばその環境に身をささげるようにふるまうとき、その理由は、あらゆる塩的な、塩的性質を持つものは、計測できないもの、光やその他の計測できないものの内的な作用から、対応する物質が露出させられ、解放されることによって生ずるからということなのです。いわば塩的であるものは、すべて、その生成過程を通じて、計測できないものを、それを内的に所有しないように、自らから突き放したわけです。燐の場合は事情はまったく逆となります。ですから古代における先祖伝来の認識が、この燐を光の担い手とみなしたのは、実際まったく正当なのです。なぜなら、燐が、計測できないもの、つまり光を実際に担っていることを、古代の認識は正確に見抜いていたからです。塩が自分から遠ざけたものを、この燐は自らのなかに担(にな)っているのです。つまり塩の対極として相対している物質は、いわば計測できないもの、とりわけ光、さらには他の計測できないもの、つまり熱などを、内面化して、それを自らの内的特性にするような物質なのです。燐のなかに存在するもの、あるいは治癒過程に関して燐に類似しているものはすべてこういう事情に基づいています。したがって、計測できないものを内面化する燐は、とりわけ、アストラル体と自我が正しく人間に接近できないとき、それらを人間に押しもどすのに適しているのです。ですから、ある患者が病気で、個々の病気についてはさらにあとでお話ししていきますから御承知のほどとして、この患者がつまり、頻繁な夢に悩まされていること、すなわち、アストラル体が物質体から離れて、独自の活動をする傾向にあることがわかったなら、またさらに、その患者がたとえば、器官的に周辺部分において炎症傾向があること、これもまたアストラル体と自我がきちんと物質体のなかに位置していないことを示すものですが、そういうことがわかったなら、皆さんは、この人間のアストラル体と自我をもっと物質体にかかわるようにさせるために、燐が計測できないものをとどめておく力を使用することができるのです。穏やかでない睡眠生活をおくっている人の場合、きわめてさまざまな病状に対して、この燐を用いることができ得るでしょう。なぜなら、燐は、自我とアストラル体とをしかるべきやりかたで物質体とエーテル体のなかに引き戻すからです。このように、「塩的なもの」と「燐的なもの」とは対極にあるのだといえるのですが、これらの物質が宇宙全体のプロセスのなかでどのように働いているかに注目する必要があるのだといえます。それは、現代の化学によって分類され名称を与えられている物質という観点よりも薬として使用する場合、重要になってきます。燐的なものと塩的なものは、ある意味で互いに対極的に相対しているのです。そして皆さんに気づいていただきたいことは、個々の名称、つまり現代の化学によって個々の物質に与えられているような名称よりは、むしろ、これらの物質が宇宙全体のプロセスのなかにどのように入り込んでいるのかということに注意が向けられねばならないということです。つまりさらにこれから見ていきますが、燐に似た作用をする物質における燐であっても薬として使用できるのです。「塩的なもの」の働きと「燐的なもの」の働きを平衡させる働きをもつのが「水銀的なもの」で、それは常にその内的な力の連関において水滴形になる傾向をもっていて、それによって二つの働きを仲介しているのだといえます。もちろん、ここで言われている「水銀的なもの」ということで重要なのは、今日、通常名づけられている「水銀」の物質ではなく、「塩的なもの」と「燐的なもの」を平衡させる力の連関であることはもちろんです。よろしいでしょうか。以上のことによって皆さんは、外的な自然における二つの互いに相対する状態、すなわち、塩的に作用するものと燐的に作用するものとを確定したわけです。この両者の中間に位置するのは水銀的に作用するものです。人間というものが、神経ー感覚存在、循環存在、新陳代謝存在という三分節化された存在であるように、つまりは、この循環存在が新陳代謝と神経・感覚活動の間にあって両者を仲介しているように、外的自然においては、塩的なものほど強く自らを放棄せず、かと言って計測できないものを強く自分のなかで内面化するわけでもなく、いわばこの両方の働きの間で釣り合いを保っているものが存在するのですが、そういうものはすべて、自ら水滴形を形成しようとすることによって、仲介しているのです。と申しますのも根本において、水銀的なもの(Merkuriale)は、常に、その内的な力の連関において水滴形になる傾向を持っているからです。この水銀的なものと言う場合に重要なのは、今日にあって水銀(Quecksilber)とみなされている物質を水銀的なものと呼ぶことではなく、塩類の融解してしまう傾向と、計測できないものを自らのうちに引き寄せることにとどめておくこととの間で釣り合いをとっている力の連関なのです。つまり、水銀的なものすべてのなかにまさに明確に含まれている力の状態を研究することが肝要なのです。したがってこれからおわかりになるでしょうが、この水銀的なものは、燐的なものが適している働きと、塩的なものが適している働きとの間に、平衡をもたらすことを目指しているものに、本質的に関わっているのです。私がたった今申しましたことと生体組織における作用が矛盾していないということは、梅毒やそれに類する疾病について特別にお話しする時にさらに見ていくことになります。さて以上、燐的なもの、水銀的なもの、塩的なものについてお話しすることによって、私は皆さんに、鉱物的なもののなかからいわば特に明瞭な類型を提示いたしました。無論の事、もうおわかりでしょうが、塩的なものにおいてすでに、牡蛎の殻の形成のなかに存在し、その背後に潜んでいる器官プロセスについて語られねばならないのです。このプロセスは、ある意味においては、計測できないものが燐のなかに濃縮されるときにも存在するのです。けれどもその場合はすべてが内面化されるので、このプロセスは外に向かってはそれほど明瞭に顕現できないのです。
参考画:phosphorus



記:生体内では、遺伝情報の要であるDNAやRNAのポリリン酸エステル鎖として存在するほか、生体エネルギー代謝に欠かせないATP、細胞膜の主要な構成要素であるリン脂質など、重要な働きを担う化合物中に存在している。また、脊椎動物ではリン酸カルシウムが骨格の主要構成要素としての役割も持つ。このため、あらゆる生物にとっての必須元素であり、地球上におけるリンの存在量が、地球生態系のバイオマスの限界量を決定すると言われている。農業においてはリン酸が、カリウム・窒素などとともに肥料の主要成分である。リンの原子が地上に現れるおもな循環システムは、植物を起点として考えた場合、植物が枯死するか、その植物を食べた動物が死ぬ微生物に分解され土壌に戻るか再び植物の根から吸い上げられる。この循環は短期間で一巡する場合もあるが、10年単位の時間を要する場合もある。雨や風によってループから外れ、海に流出してしまう燐もあり、そうした燐が海底で堆積してできるのがリン灰石である。海底で生成されたリン灰石がプレートテクトニクスで運ばれて地表に現れるまでには100万年以上の年月がかかるとされる。
   (第五講●解説 テーマ■5.燐的なもの、塩的なもの、水銀的なもの -了)

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最終更新日  2024年09月14日 06時10分07秒
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