Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2024年09月21日
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カテゴリ: 霊魂論


ルドルフ・シュタイナー
「精神科学と医学」第六講 第六講本文・解説 1920年 3月26日  ドルナハ
●第六講本文 - 後半部 人間外部の自然の三つの異なる内的形成衝動 第一:脈動する宇宙プロセス・リズム
 私が今日お話ししたことと関連して、人間外部の自然のこれら三つの異なる内的形成衝動の差異とは、いったいどのようなものなのでしょうか。そのプロセスにおいて塩的であるもの、もっと良い言い方をすれば、そのプロセスにおいて塩形成に通じるものはすべて、内的な経過を重力の領域に移行させるものです。古代の医学的著作を読むひとは、古代の文書において物質の塩化について語られている箇所では常に、次のようなことに思いを馳せるとうまくいくでしょう。つまり、ここではこのプロセスすなわち塩化によって、当の物質が重力の支配下にある、一方、その反対のプロセス、光のプロセスによって、今度は計測できないものが、この重力から取り去られるということです。つまり私たちが、光をその他の計測できないものの代理、代表者とするなら、人間外部の自然においても常に一貫して、光と重力との闘い、地球外のものを目指すものと、地上的な物質を中心へと向かわせようとするものとの間の闘いのことを考えておかなければならないのです。私たちがここで有しているのはまず、重力と光の対立です。そして重力と光との間を揺れ動きつつ、絶えず均衡を求めるもの、これは水銀的なもののなかに現われています。水銀的なもののなかに含まれているのは、光と重力の間でたえず均衡状態を求めているものにほかなりません。さてここで重要なのは、この塩的なもの、燐的なもの、水銀的なものの対立を、実際宇宙全体のなかに、つまり、重力のなかに、光的なもののなかに、そしてこの両者の対立、すなわち両者の均衡を求めるもののなかにも置いてみることです。さてよろしいでしょうか、この完全な対立のなかに独特なしかたで置かれているのが、人間の心臓の活動全体です。
参照画;circulatory organ



 現代の自然科学的見解において、心臓に対して適用されている、例のポンプシステム、これを支持できないことはすでに皆さんにお話ししましたが、これは除外するとしても、あたかも心臓が、いわばそれ自身の皮膚によって外部に対して閉鎖された活動に尽きているかのように想定されている、今日すべてがこのように想定されているというのは、実際恐るべきことと申し上げたいのです。実際今日、心臓はその本体を通じて脈打っているものと何らかの関係があると想定されているのとほとんど変わりません。けれども、そうではなく、器官存在として人間は、宇宙プロセス全体に編入されていて、人間の心臓というものは、単にその生体組織のなかにあるひとつの器官というのみではなく、全宇宙プロセスの一部でもあるのです。そして植物において起こっていること、太陽の上位にあるものと太陽の下位にあるものとの共同作用は、人間においても起こっていて、その現われが心臓の動きのなかに見出されるのです。心臓の動きは単に人間において起こっていることが刻印されたものであるのみならず、人間の外部にある関係が刻印されたものでもあるのです。皆さんが人間の心臓を考慮なさるなら、そのなかには根本において宇宙のプロセス全体が反映していると申し上げたいのです。人間とは本来、霊的・魂的な存在としてのみ、個別化されているのです。人間は、宇宙のプロセス全体に編入されています。たとえばその心臓の鼓動が、人間において起こっていることの現われではなく、光と重力の間で全宇宙において起こっているあの闘いの現われであるということによって、宇宙全体のプロセスに編入されているのです。私はしばしば、一般のかたのために、人間がこのように宇宙のなかに置かれていることを、次のような計算をして、きわめて粗雑な具象性によって説明しようと試みました。人間が一分間におよそ18回呼吸すると考えてみて下さい。すると、この呼吸数は、一日で、つまり24時間で一定の数になることがおわかりでしょう、すなわち、25920回です。ひとりの人間の生きる一日をとってみて、一年が365日あり、このひとが平均的な寿命、つまり71歳まで、もちろんもっと長生きする可能性もありますが、ここでは生きると考えて下さい。すると、人間の寿命の日数は、一日24時間の呼吸数とまったく同じ、25195という数になるのです。さらに、黄道十二宮を巡る太陽の運行全体、つまり、プラトン年。太陽が、そうですね、春分点に牡羊座から昇るとして、再びそこに戻ってくるまでに要する時間を考えていただければ、25920年となります。ここで皆さんに、人間と全宇宙との関係を表わす、不思議な数の例証が与えられたわけです。なぜなら、これは、人間の寿命の日数と同じ数によって表わすことのできるものを、太陽の運行の年数、プラトン年で示しているからです。よろしいでしょうか、この数の例証は明白に示すことができるのですが、宇宙の存立の常ならぬ深みまでも暗示しているものなのです。皆さんが実際、私たちが人智学においても強調しなければならないことを、目に留めて下さりさえすればよろしいのです。つまり、人間が眠りにつくと、人間の自我とアストラル体は、物質体とエーテル体から離れ出て、目覚めるときにまた入り込むということです。皆さんがこの事実を、一種の、物質体を通じて霊的・魂的なものを吸ったり吐いたりすることとして想定して下されば、このような吸ったり吐いたりによって、人間の生存中に、これはあるものにとっては一日であるにちがいありませんが、生存中になされるこういう呼吸の数は、25915、あるいは25920となるのです。「閏日」というものがありますね。この「5という差」は閏日があるために生じているのです。さらにまた、宇宙のなかには、この同じ数にしたがって、太陽の運行、見かけ上の太陽の運行と関係しているものもあるにちがいありません。この宇宙の進行のなかにはひとつのリズムがあります。このリズムは大いなるもののなかに現われ、ひとりひとりの人間の寿命のなかにも、一日の呼吸プロセスのなかにも現われているのです。有史以前の世界が、遺伝的な観照力から、「ブラフマーの昼と夜」について、「宇宙の呼吸」について語っていたことも、もはや皆さんには不思議とは思われないでしょう。なぜなら、この宇宙の呼吸が、人間の日々の生のプロセスのなかにそのミクロコスモス的な像を有していること、このことに有史以前の世界は気づいていたからです。
記:閏日(うるうび/intercalary day)
太陽暦では,1太陽年が 365.2422日にあたるため,平年を 365日とし,400年に 97回閏日をおいて補正する必要がある。最初の一応完全な太陽暦は,前 46年,ユリウス・カエサルがアレクサンドリアの天文学者に命じてつくらせたユリウス暦で,1回帰年 (太陽年) を 365.25日として4年に1度閏年をおくことになっていた。しかし,真の1回帰年の長さは採用した1回帰年よりも 0.0078日だけ短いため 16世紀にいたり,約 10日間の食違いが生じた。 1582年,ローマ教皇グレゴリウス 13世は,その年の 10月4日の次の日を 15日とすることでこれを是正し,400年に3回,閏年となるべき年を平年とすることにした。具体的には,西暦紀元のうち,4で割切れる年の2月の終りに閏日をおいて 29日とし,なお 100で割切れる年のうち 400で割切れない年だけは平年とした。このグレゴリオ暦の方法が,今日ほとんど全世界で採用されている。
   第六講本文 - 後半部-第一:脈動する宇宙プロセス・リズム-了

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最終更新日  2024年09月21日 09時45分51秒
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