Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2024年09月22日
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カテゴリ: 霊魂論


ルドルフ・シュタイナー
「精神科学と医学」第六講 第六講本文・解説 1920年 3月26日  ドルナハ
●第六講本文 - 後半部 人間外部の自然の三つの異なる内的形成衝動-第二:太古の叡智
 実際何らかの共感や反感によってではなく、非常に具体的なものに基づく事柄によってこそ、そもそも太古の叡智を真に賛美することができるようになるのです。私は皆さんに保証できるのですが、数え切れないくらい多くの場合に、次のようなことを確認しなかったら、私はけっして太古の叡智の賛美者ではないでしょう。つまり、太古の叡智のなかに再び見出されるけれども、太古の叡智を有した人間が知っていたことと、私たちが今日再び獲得できるものの間でまったく消え去ってしまっていた事柄、今日、こういう事柄が発見されるようになったということです。真に認識を目指して努力するひとが、太古の叡智の賛美として育成するものは、太古の叡智を目指して全面的に突進することから生じるのではなく、一定のまったく具体的な関係を洞察することから出てくるのです。さて、私たちが光り的なものを探究しようとすれば、いわばこの太陽系において太陽の上位にあるもの、つまり、火星的なもの、木星的なもの、土星的なもののなかにあるものすべてに、眼差しを向けなければなりません。そして地球上で起こっていることはすべて、ある意味で、地球外に存在しているものの作用ですから、私たちは地上的なもののなかに、まさにこのような、宇宙で起こっていることの作用を見出さなければならないのです。このことは、今日の分子物理学、あるいは分子・原子・化学が行なっているような抽象的、空想的なやりかたで、地上的な物質のなかに、その物質の配置や凝集状態の根拠を探し求める方向には向かいません。この原子化学は、いわば見ることのできないものを、つまり物体の構成の内部をのぞき込み、原子や分子についてありとあらゆる好ましい予想を考え出し、さらには、今日現在では減ったかもしれませんが、数十年前には非常に誇らしげに語られていたこと、物体の構成の内部で生起しているものの「天文学的認識」について語るわけです。少し以前にはこれについて語られていたのです。一昨日の公開講演で申し上げましたように(☆1)、今日ではこういうものの写真を撮影するのです。心霊主義的なグループにおいてすら写真を撮影しています。「霊の写真」をです。今日、自然研究者は、霊の写真を信用しない傾向がありますので、彼らは、こういう事柄を見通している他のひとたちが、原子の写真を信用しないことを承認しなければなりません。なぜなら、こういう原子の写真も、霊の写真も同じ影響の下にあるからです。植物のなかに見られるものは、原子や分子に結びついている力ではなく、地球の外部で作用していて地上の物質に影響を与えている力なのです。ですから、私たちが地上の物質を配置したなら、そのなかに存在しているのは、この配置に作用している原子や分子といった小さなデーモンたちではなく、何らかの方法で作用している宇宙的な力なのです。つまり、地球外部のもののなかに、ある配置が成立すると、たとえばこの太陽系から土星が、地球のある一点にとりわけ有利に作用するような配置が成立すると、土星が有利に作用することができるのは、土星の作用系統から他の作用系統ができるだけ遠く離れていて、つまりこれが地球で、土星が地球に作用しているとしますと(図参照)、すなわち、太陽の作用、火星の作用その他が、土星の軌道内や、土星の軌道のすぐ近くに無く、できるだけ遠く離れていて、いわば土星だけが作用しているときなのですが、そういう配置が成立すると、この地球は他の原因によって特殊化されているために、地球のこの箇所に、こういう土星の力にとって、この場合はその他の地球外的な諸力には少ししか影響されていない土星の力にとって、有利な配置が存在すると、地上の物質のなかに、同じ関係においてたとえば火星が作用するのとは異なった構造が引き起こされるのです。私たちが地上の物質のなかに見ているものは、まさしく星々の共同作用の産物に他なりません。したがって、今私が切り離してみた場合、つまり、土星が地球のある特定の箇所にとりわけ有利に、そして長期間作用する場合、ここに鉛の出現をみることによって、この産物のなかでの土星の作用が私たちに明らかになるのです。
参考画:spiral planetary system



 これが、ある種の地上の物質、とりわけ金属性の物質が、地球外の宇宙のある種の配置と関係づけられなければならない理由なのです。ここで可能なことは、今日の研究、今日の精神科学が提供することができるものを、以前太古の叡智から提供されていたもの、本来再発見することによってしか理解できないものとの対比に導くことに他なりません。と申しますのも、古代の文書というものは、今日の化学的、物理学的に思考する人々にとって、実際根本において読むことのできないものだからです。以下の例はこのことを教えてくれます。北欧のある非常に聡明な学者が、ある錬金術の歴史に書き留めたことですが(☆2)、彼はここで、彼が言うには、今日の化学的概念からすればまったく無意味なプロセスを挙げています。このプロセスからは何も見つけられないからです。これはまったく正当なことです。それは鉛プロセスです(☆3)。しかし、この善良な人物は、このプロセスによって種子形成プロセスが説明されていることを知らなかったのです。彼は、このプロセスによって、実験室内でのプロセスが説明されているのだと考えました。そうなるとこれは当然無意味です。けれども、術語を完全に、いわば別の世界に適用しなければならないこと、表現によっては、まったく別のことを考えなくてはならない場合があること、こういうことをこの人物は全く知らず、そのため彼にとってこのプロセスは無意味なのです。彼は正当であると同時にもちろん正当ではないのです。つまり、地上の物質を、地球の周囲から地球に働きかけている諸力に関係づけることができるのです。とりわけ金属の研究が、私はこれからの講演で皆さんにそのやりかたを暗示していくつもりですが、そういうやりかたで行なわれるなら、この研究はまさにまったく特定の関係を明らかにします。つまり、たとえば鉛はおもに、他のものに妨げられない土星作用に関係づけられねばなりませんし、錫は、他のものに妨げられない木星作用、鉄は、他のものに妨げられない火星作用、銅は、他のものに妨げられない金星作用、今日私たちが化学において水銀(Quecksilber)と呼んでいるものは、他のものに妨げられない水星作用に関係づけられねばなりません。ですから古代の人々は水星(der Merkur)と、水銀(das Merkur)を同じ名で呼んだのです。さらに私たちは、銀的なものすべて、私はここではっきり銀的なものと申し上げますが、それらと妨げられない月作用との間の親和性を認識しなければなりません。今日の文献を読みますと、古代に銀と月の親和性が確立されていたのは、月が銀色に輝いて見えることと、人々がこういう外的な特性に従っていたためだとされていますが、実際これはとんでもないことです。その頃なされていた個々の金属に関する研究の性質は、実際綿密なものであったことを知っているひとは、このような誤りに屈することはできません。とは言え、皆さんはこのことから、その他の物質についてもじゅうぶん機会が提供されていることがおわかりでしょう。なぜなら、皆さんに名前をあげました鉛、錫、鉄、銅、水銀、銀は、きわめて傑出した物質ばかりだからです。他のあらゆる惑星的作用が、暗示しました作用とまさに競合し合うことで、つまりたとえば、土星作用の系統に火星作用その他の系統が入り込んでいくことによって、他の物質に対して豊富な機会が与えられるのです。これによって副次的な金属も生じてくるわけです。しかしいずれにせよ私たちは、地球の金属世界のなかに地球外的な諸力の作用の結果を見なければなりません。これによって特定のやりかたで、私たちが金属の作用のなかに表わしたものが、私たちが植物のなかに見ているものと結びつけられるのです。なぜなら、鉛、錫、鉄の試薬のなかにあるものを考えていただければ、植物の花・種子形成、地球の外部の地表より上方で起こっている限りでの、花・種子形成と関係するすべてのなかにもあるものが、ほぼすべて一緒に得られるからです。銅的、水銀的、銀的なものすべてと関係づけられなければならないのは、植物の根形成と関係しているすべてのものです。一方において水星的なものが一種の調停として存在するのに対し、当然のことながら皆さんは、他方において別の調停を探索せねばならないことになります。と申しますのも、水星的なものというのは、地球的なものと、いわば地球を超越しているものとの間の調停であるということはおわかりですね。けれども、この宇宙全体が、そもそも現実に霊に浸透されているのです。そしてもうひとつの両極性とでも申しますか、そういうものがここに成立しているわけです。ここに地上的なものを、さらに地上を越えたあるものを思い浮かべていただければ、地上的のものと、地上を越えたもののなかに、光と重力との対立が見出されるでしょう。けれども、これだけでは、単に地上的なものと地上を越えたものとの平衡状態を見上げる可能性があるだけです。けれども、また別の平衡状態、今や地上的なものと地上を越えたものをすべて一様に貫くものと、それら自体との平衡状態、つまり、霊的なものと、計測できないものであれ、計測できるものであれ、物質的なものとの平衡状態というものも存在するのです。物質的なもののどの一点においても、霊的なものと、この物質的なものとの均衡が保たれているのです。これは宇宙においてもそうなのです。私たちにとって、宇宙において均衡が保たれている一番近い所は、太陽自体です。太陽は、宇宙における霊的なものと、宇宙における物質的なものとの均衡を保っているのです。したがって太陽は、いわば同時に、惑星系において秩序を保っている宇宙体に応じているのですが、この秩序もまた、私たちの物質組織のなかに入り込んでくる諸力によって引き起こされるのです。先ほど特徴をお話ししましたように、個々の惑星と金属との関係を確定できるのと同様、太陽と黄金との関係も確定できます。しかし、この点についても、古代人たちは、そのアーリマン的な価値のゆえに金を尊重したわけではなく、金と太陽との関係のゆえに、霊と物質との均衡に関係しているがために金を尊重したのです。
   第六講本文 - 後半部-人間外部の自然の三つの異なる内的形成衝動-第二:霊的なものと、物質的なものの均衡-了

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最終更新日  2024年09月22日 09時10分22秒
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