Tough Boy-World of cap_hiro(Subtitle:sense of wonder)

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2024年11月15日
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カテゴリ: 霊魂論
ルドルフ・シュタイナー
「精神科学と医学」第11講 1920年 3月31日   ドルナハ
第11講-Ⅰ
 昨日出発点とはまったく別のものに行き着いたように、今日も私たちは、まったく特定の具体的な物質を出発点として、それからさらに問題全体を拡張する試みをしていきます。おわかりのように、私たちの課題には、一部は問題そのものの性質のため、一部は私たちに割り当てられている時間が短いために、いわば円を描きつつ接近することがどうしても必要だからです。私たちは、いわば公理に始まって、次第に複雑なものに上昇していくという、例の科学的な道をとることはできないのです。今日の私の課題として、植物炭(Carbo vegetabilis)を出発点とすることで、私たちの道をもう少し先に進むような観察範囲を皆さんに示したいと思います。昨日チコリ、野イチゴその他を研究いたしましたように、今日もこの奇妙なもの、実際どこにでもあるのですが、世界でも最も奇妙なもののひとつであるこの物質に関わるものを研究していこうと思います。そうすることで、実際の自然観察に入っていこうとするだけの場合でも、今日の科学性というものが導いてくれる以外のことにただちに目を向ける必要があるということが、いわば最もよくわかるのです。昨晩の講演でコリスコ博士(☆1)が未来の科学はそもそも何かまったく別のものでなければならないと指摘されたこと、そしてその際、繰り返し「生理学」という語が好まれていたのは非常に興味深いことでした。このことは、化学的なものと生理学的なものに橋が架けられなくてはならないということを表明するものだからです。こういうとき私はいつも、理解するための条件が全く欠けているために、現在のところ公開講演ではまだ完全にお話しできないようなありとあらゆる事柄について考えざるを得ませんでした。私たちは炭素というものを人間の外部にある自然のなかにも、ここではこう申し上げたいのですが、一見、人間の外なるものであるように見える自然のなかにも見い出します。そもそも大いなる自然のなかには人間以外にいったい何があるのでしょうか。本当は何もないのです。と申しますのも、とりもなおさず私たちの前の、人間の外なるもののなかにあって、まさに人間の外部にあるもの、これはすべて、人間の進化につれて人間から外に出され、人間から遠ざけられたものだからです。人間はある進化段階に入って行かなくてはならなかったのですが、その段階に入って行くことができたのは、人間に相対する外界である種のプロセスが進行し、それによって、ある種の別のプロセスをそれ自体人間の内部に取り入れる可能性が与えられたことによってなのです。したがって、ある種の外的なプロセスと、ある種の内的なプロセスの間には、実際常に対立と親和性とが存在しているのです。さて、これは、まあそうですね、化学の生理学化について昨日言われたこと、これは厳密な表現ではないかもしれませんが、特に昨日のコリスコ博士の講演をお聴きになれば、私の意味するところは理解されるでしょう。また日曜日にシャイデッガー博士(☆2)によって非常に好ましく述べられたこと、その興味深い議論においては、ホメオパシーの際に行なおうとすることは、本来精神科学的に把握されねばならないということが指摘されましたが、そのことと、不思議に共鳴し合っていたということをお話ししておかなくてはなりません。そしてこの共鳴の響きは、ある場所で奇妙な言葉となって消えるのです。私はこの言葉と、もう数十年来取り組んできたと言ますが、それはしばしばこう表明される言葉なのです、ホメオパシーの医師であっても、神秘主義的になることをいくらか恐れている、すなわち、神秘主義という評判を立てられることを恐れていると。さて、私がこれと取り組んできた根拠というのは、まったく特定の、しかしあくまで現実へと回帰していく見解のなかにありました。よろしいでしょうか、ホメオパシー的治療のプロセスにおいて切に求められる本質的なものは、実際のところ結局、ここで誤解なさらないようお願いいたしますが、物事の性質をきちんと描写しようとすると、いささかラディカルな言い方にならざるを得ないのが常なのですから。その物質そのもののなかにあるではなく、それよりは遥かに、その物質を調合する際に行なわれること、つまり、私たちの前に珪酸としてあるもの、あるいはそうですね、植物炭素としてあるものを調合するということにあるのです。それは、調合すること、つまりその時になされることのなかにあるのです。ホメオパシーの薬を調合することが求められるとき、そもそも何が起こっているのかについて私はずいぶん取り組んでまいりましたが、この場合私はぜひとも、ラッシャー博士(☆3)も認められますように、例えばリッターの調合(☆4)もこのホメオパシーの薬に含めたいと思います、リッター嬢自身がこれをお認めにならないとしてもです。問題はまさに、ホメオパシーの薬が調合される際、そもそも何が起こっているのかということなのです。求められるものは結局調合することのなかにあります。そのとき作り出すものを調合するという出来事全体のなかにあるのです。例えば皆さんが珪酸を用いて、珪酸を希釈度を高く調合する場合、皆さんはそもそも何をしているのでしょうか。皆さんはある一点を目指しているのです。自然においてはすべてが根本においてリズミカルなプロセスに基づいています。皆さんは、当の物質の本来の、最初に現われている作用が前面に出ているしばらくの間は、ある種のゼロ地点を目指します。さてよろしいですか、私が財産を持っていてどんどん使い果たし、ゼロになってさらにゼロ点を越えていくと、今度は単に財産が無いということではなく、財産という性質を越えて借金に移行するものがやってくることになりますが、私が外的な物質の物質的性質に向かい合うときにも、ちょうどこれと同じようなことが当てはまるのです。いわばこの物質の作用にとどまることにより、私はこの物質の作用がもはや計測できる状態では発現しないゼロ地点に到達します。私がさらに先に進むと、単にこの出来事全体が消え去るというだけではなく、反対のものが現われてきて、この反対のものがさらに周囲の媒質にまで混入されるという事態になるのです。私にしてみればしたがって常に、媒質のなかに、つまり、粉薬その他の、微細にされたホメオパシー的な物質を混入するために用いられるもののなかにも、当の物質の反対の作用を見ていたということです。この媒質は別の構成を獲得します。ちょうど、財産から借金をこしらえることに移行すると、外的社会生活において私が別な者になるように、物質もその反対の状態に移行して、以前は自らの内に有していたこの反対の状態を周囲に付与するのです。すなわち、その物質の量を私がどんどん減らしていくことによってある物質がある特性を持つと私が言うとすると、その物質は、私がいわば一定のゼロ点に近づくことによって、別の特性を獲得する、つまり以前の特性を周囲に放射し、私がその物質を扱う手段を適切なしかたで促進するという特性を獲得するのです。この促進というのは、ここで描写された反対の作用が直接引き起こされるということにあるのですが、これが可能なのはやはり、当の物質にある状態をもたらして、その後で、あるいは光の影響のもとで、たとえば蛍光を発したり、燐光を発したりするようにする、そういう状態がこの物質にもたらされるようにこの反対の作用を引き起こすことによってのみであるとさえ言えます。こうして周囲に放射される反対の作用が引き起こされたのです。これらは考慮されなければならない事柄です。実際重要なことは、神秘主義的なものに陥ってしまうということではなくて、結局自然をその真の活動(Aktion)において観察してみるということ、私たちが物質の特性に関しても実際にそのリズミカルな進行に入っていけるように自然を観察することなのです。これが、そもそも諸々の作用がどこにあるのかを認識するためのライトモティーフとでも申し上げたいものなのです。皆さんが希釈していくとき、まずゼロ点に達します。このゼロ点の向こうには反対の作用があるのです。けれどもこれで全部ではなく、皆さんは今度は、このゼロ点の向こうにある道の内部で、今度はこの反対の作用にとってまたゼロ点であるようなゼロ点に達します。この点を越えていくことで、皆さんはさらにもっと高度の作用、なるほどその方向性においては最初の線にあるけれども、まったく別の性質を持った、もっと高度の作用に行き着くことができるのです。ですから、希釈において明らかになる諸作用をある種の曲線で描くことは実際すばらしいことでしょう。ただ、この曲線は独特のしかたで構成されなければならないことに気づかれるでしょう。つまり最初はこのような曲線を形成し、次に、低いけれども作用はしている、そういう低い希釈度が作用をやめて、今度はより高い希釈度が作用を始める一点、つまり第二のゼロ点であるところにに来ると、ここで直角に転回して空間へと曲線を引いてこなければならないだろうということです。これらのことは、この講演のなかでさらに述べていきますが、これは人間と人間外部の全自然との親和性全体と密接に関わっていることです。さて、私たちが植物炭のようなものを観察するとき、まっさきに目につくことに注意を向ける人はまずこう言うでしょう、多量に服用されると、植物炭は、まったく特定の病像を引き起こすけれども、これは、ホメオパシー療法の医師の見解に従ってこの同じ物質を「希釈」することによって克服されると。
記:ホメオパシーはドイツ人医師ハーネマン(1755 - 1843年)が始めたもので、レメディー(治療薬)と呼ばれる「ある種の水」を含ませた砂糖玉があらゆる病気を治療できると称するものです。
参照画:Samuel Hahneman



   第11講-Ⅰ 了

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最終更新日  2024年11月15日 06時10分07秒
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