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こい(五)ぶ(二)み(三)の語呂合わせで、今日はラブレターの日。ついでに、昭和21年(1946)、日本で始めてキスシーンが登場する映画「はたちの青春」が封切りされ、ほんの少しくちびるが触れ合うだけのキスシーンに日本中は大騒ぎになりました。今では人目も憚らず路上などでもチューチュー、目のやり場に困ります。 「鼻と鼻とがおじゃまになって、キスもできないテングさん、細君大事にしやさんせ、コノおもしろや」という戯れ歌が花柳界に流行したのは明治七年。してみると、この頃すでにキスという言葉は通人の間では広まっていたものらしいですよ。 「接吻」という言葉はキスの訳語。この言葉が使われだしたのは、明治20年頃で、それまでは口吸とか啜面、または漢語に出てくる親嘴などという、何とも気分も出ない言葉が使われていたのです。「セッ」とはずみをつけて「プン」と口をとがらす語感がぴったりで、日本語として定着したもののようです。多分外国文学の翻訳者が発案者であったのでしょうね。 外国人のように挨拶がわりに行われる習慣としての接吻の意味は、この頃になってようやく日本人にもわかってきたようで、それまでは、口吸などといえば、即情交を意味していたので、公然とは人前では言いにくい言葉でした。それがようやく西洋の風俗を知り、国内にも自由恋愛の気風が生まれてきたのにつれて、接吻という新しい言葉になって解放されたといって良いでしょう。 明治20年1月の「時事新報」には、「接吻の風習を起こすべし」として、「男女はハゲしい時には身体をすり合わせなければ満足しないものだ。妙齢の女性が春を思うのも、自然の理性より出るもの。大いに接吻すべし」という”社説”を掲げています。天下の新聞がいまでは考えられませんね。
2010.05.23
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今は旅行といえば車で出かけるのが定番でしょうか。ゴールデンウィークでのあの高速道路の渋滞はすごかったですね。 私はやはり旅行は電車が良いですね。駅弁・ビールなど食べながら車窓の風景を眺める。至福の時間ですよ。 元禄二(1689)年三月二十七日(新暦の5月16日)、松尾芭蕉が「奥の細道」への旅立ちの日です。今日は旅の日。 ところで、旅情をかきたてる場所はというと東北という方がおられるかな?演歌にも歌われる東北本線、起点始発駅は上野駅となっています。が、本当は東京駅なんですよ。東北新幹線は別にして、東京発の東北本線の列車なんて一本も走ってないのに、何故東京駅が起点? 実はこの鉄道路線の起点・終点は、その線区ができたときの歴史的事情によるもので、現在の列車の運行状況とは直接の関係はないのです。 東北本線は明治39年(1906)に国鉄(現在のJR東日本)が民間から買収し、当時の起点は上野駅でした。そして大正14年(1925)に東京駅までつながったので、起点も東京駅に移ったのです。ですが、東京~上野間は、列車を走らせるだけの線路の余裕がないので、列車は上野始発のままで現在に至っているのです。 このように、線区の起点・終点はいわゆる戸籍のようなものなので、実際の列車の運行と食い違っている場合があります。 ちなみに、東京の山手線は、戸籍でいうと品川を起点として新宿を経由し、田端で終点となる半周程度の線区にすぎません。田端~東京間は東北本線、東京~品川間は東海道本線というわけです。つまり、山手線の電車は、東北本線と東海道本線の線路を借用して環状運転をしているのです。
2010.05.16
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「・・・珍しきものあり。氷を色々に染め、物の形を作り、是を出す。味は至って甘く、口中に入るるに忽ち溶けて、誠に美味なり。之をアイスクリンといふ」 これ、万延元年、勝 海舟を始めとする徳川幕府一行が咸臨丸で渡米した折、初めて食べたアイスクリームの感想を記したものです。 明治2年、日本で始めて「アウスクリン」の名前で販売されたアイスクリームは、横浜の「こおりみずや」という名前の店。後に銀座の資生堂パーラーでも、タマゴの黄身とレモンの香りのしゃれたフランス風アイスクリームが売り出され、評判となりました。 今日はアイスクリームの日。
2010.05.09
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立春から数えて八十八日目の今日は「八十八夜」(雑節)の一つ)。 ”夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が繁る。 あれに見えるは茶摘じゃないか” 唱歌にもあるように新茶の摘み時期にもあたります。お茶屋さんにも新茶ののぼりが立ち、あぁやっと夏が来るんだなぁ、と感じますね。 お茶といえば、茶道などの日本的文化もあって、日本古来のもののように思われますが、日本にお茶が入ってきたのは奈良時代のことです。 遣唐僧が中国から持ってきたもので、当時の茶は、乾燥させた茶の葉を臼で粉にして練り固めた団子状のもので「団茶」と呼ばれていました。 中国南西の山岳地帯を原産とする茶は、もともとは薬として用いられていました。この団茶ですが、当初は薬としてよりも、修行僧などの目覚ましに使う清涼剤としての役割が強かったようです。お茶のなかのカフェインが大脳を刺激し、頭をスッキリさせて、疲労感や倦怠感を吹き飛ばしてくれたからでしょうね。 しかし、日本に入ってきた当時は、薬としての価値のほうが重くみられたのか、時代が移り京都に平安朝を開いた桓武天皇は、茶園を典薬寮という現代でいえば厚生労働省の薬品部門に当たる役所に管理をさせています。 現代と同じ抹茶が入ってきたのは鎌倉時代の初め、これも中国の宋代(960~1279年)に行われていたもので、持ってきたのは禅の研究に中国に行っていた栄西上人という僧でした。これによって、日本の飲茶や茶道が発展することになるのですが、栄西上人は茶について「喫茶養生記」(きっさようじょうき)なる書物を著しました。 この中には、脚気、食欲不振、腎臓病、中風、瘡病、便秘、眠気、渇きなどの諸病に効き目があるということが書かれてあります。 お茶のもとは、やはり栄西上人が持ち帰った江南種の茶の実で、各地に広まりました 京都府・奈良県で農薬や化学肥料・除草剤を一切使用せずに栽培された、生育3年以上経過した、お茶の葉や茎を、2~3年ねかし、ていねいに焙煎した香ばしい熟成3年番茶です。【有機茶】熟成 三年番茶 【2つ以上はこちら】オーサワジャパン
2010.05.02
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薫風香る五月。そのものずばり、今日は素晴らしい天候の日となりました。 旧暦の五月は、梅雨時期の新暦六月の頃。「皐月」の呼び名はご存知の通り。五月の連休、田植えに借り出される人もいるでしょうが、「早苗月」。「五月雨月」は文字通り梅雨の長雨のこと。雨ばかりで月も見えないことから「月見ず月」。瑞々しい若葉の映える「橘月」。もう夏の気配がして、山ではカッコウが鳴き始めます。 五月の花といえば、バラですね。 母の日フラワーギフトやプチギフトに★(イチゴ入り)カーネーションのくまさんのプチアレンジ
2010.05.01
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